違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

ツキもツケも回っている

日本ではゴルフをスポーツだと思ってない人が多いだろう。

 

そういう人はゴルフのことを、スポーツにかこつけた社交の場であり、ビジネス等の交渉の場だと思っているはずだ、私がそうであるように。

 

このゴルフ観は日本流のガラパゴスだと思うが、トランプ大統領のゴルフ姿を見ると日本だけでもなさそうとも思う。

 

さて、次のような記事があった。

 

 

【独自】男子「フジサンケイクラシック」も中止決定 最後まで続いたスポンサー交渉の内幕

 

 

この記事の中に、すでに分かってはいることだが、印象的な言葉があった。

 

 

「歴史とか伝統とか義理とか人情は、今の日本では全く役に立たないということがよく分かりました」  関係者はそう漏らし、ため息をつきました。

 

 

今や日本で最後まで残っている「歴史とか伝統とか義理とか人情」は政治の世界だけなのかもしれないし、もしかしたらマンガの世界だけかもしれない。

 

「歴史や伝統や義理や人情」は、機能していた時代は双方向性があったはず。

 

助けてもらったから今度はお返しに助ける。

 

立場の違いはあっても、困った時はお互い様のような。

 

上下関係や主従関係の裏にはこういうのがあったが、今では歴史とか伝統とか義理とか人情はハラスメント要素が満載だ。

 

助けてあげたからといって、そのことに恩を感じる文化が消えたのだが、元を辿れば助けてあげたくなるような関係性や付き合いがそもそも消えたのだ。

 

代わりに増えたのが、良い話があるんだけど一口乗らない?、的な詐欺的な話。

 

そして、そんな話に飛びつきたくなる人が増えたことが大きい。

 

 

ゴルフの話に戻ると、昭和平成とゴルフに関わってると儲かるという、あるいは儲かってるならゴルフをしようというような、持ちつ持たれつの文化が確実にあったのだろうが、もはやゴルフに関わっても損するばかりと、化けの皮が剥がれたのだろう。

 

 

「歴史とか伝統とか義理とか人情」を求める人や組織は、一方通行で自分たちが良い思いをすることだけを求めていた、だからそのお返しをすることはない、むしろこの「歴史とか伝統とか義理とか人情」に関われたことをありがたく思え、という態度を取り続けたことのツケが回ってきてるのだ。

 

 

ツキが回ってくることがあるようにツケが回ってくる、地球が回るように。