格差の話をしてみたい。
と言っても、貧富の格差や経済格差のような話ではない。
それは清潔の格差だ。
全くタダではできないこともあるので経済的な要素は少し絡む、しかし少しに過ぎない。
キッカケはお掃除ロボットのルンバのことを考えていてだった。
独自の画期的な存在だったルンバは、よってたかって他の家電メーカーも真似し始めてあっという間に陳腐化した。
我が家でもルンバを使ったことがある、ジャパネットたかたが扱ってる一番安いやつを。
家族曰く、結構埃の類がたくさん取れると評価していたが3年くらいで壊れた。
その後ルンバが欲しいかというとそうはならず、むしろコードレスのハンディタイプの掃除機の方が便利だと思い購入した、これもまたジャパネットたかたで。
もちろん、普通の掃除機もあるのだが出番は大きく減った。
どこかの誰かが言っているのを聞いたことがある、「ルンバで綺麗になったと感じる家はもともと汚れてはいない」と。
学生時代などの一人暮らしの自分の生活を思い出して、「そりゃそうだ」と思った、掃除のしようがないほどの部屋だと掃除の前に片付けが必要になる、それもかなり本腰を入れての。
そもそもの片付けができないから掃除のしようがない人にとっては、部屋はルンバが走るスペースすらないはず、結果的に掃除をすることに価値を感じなくなる、来客があるときに慌てるが押し入れの中に全て放り込むだけだ。
そういうことを思っていると、これまた思い出したのがホームセンターや百均には多種多様な片付けグッズやお掃除グッズがあるなということ。
売れない商品なんてすぐに廃番になる世界だから、ラインナップされてるということは売れてるということだ。
大してコストをかけることなく日常的に片付けやお掃除にエネルギーを注いでいる人とそうではない人の間に生じている格差なんて誰も意識しないかもしれないが、実はびっくりするほどの格差だと思う。
これらはただの片付けや掃除の格差にとどまらず清潔格差につながる。
自分で自分を不潔だと自覚してる人は論外として、自分のことを普通だと信じてるが、周りから不潔寄りの人だと思われてる人は実は多いのかもしれない。
猛暑でエアコンだけが頼りなのに、フィルターすら掃除しないそしてその程度の理由でエアコンをおかしくしてしまう人が少なくないという話すら聞こえてくると、清潔格差は命の問題にすらなるのだ。
なお、ここで言ってる清潔とは、ごく普通の片付けや掃除のレベルのことであって病的な不潔恐怖症のようなことではない。
掃除や片付けのことを考えるだけでストレスを感じる人は、実は不潔寄りかもしれない。