誰もが何となく思っているだろう事が記事になっていた。
熊本地震「現地入り」批判、藤井貴彦アナだけがなぜ…好感度が負債に変わる時、「知られざる熊本愛」も免罪符にならなかった
この記事に印象的な記述があった。
好感度は、資産のように見えて資産ではない。積み上げるのに何年もかかる一方、「その人らしくない」と受け取られた瞬間に一気に目減りする。貯金は、使い方を誤れば負債に転じる。
被災地に殺到するマスコミが邪魔と話題
— もえるあじあ ・∀・ (@moeruasia01) 2026年7月31日
全国紙記者「最新の状況をいち早く伝えることは報道機関としての責務」「情報を取り上げることには大きな意義がある」
↓
熊本市消防団「イオンモール近くのコンビニが怒ってます」
「報道関係の方へ 長時間の車の停車はご遠慮下さい」… https://t.co/i4Lspapz1r pic.twitter.com/zdglWKYFu2

藤井アナだけに限った話ではない。


多分これまでの被災地報道でも同じことが繰り返されてるはずだが、今回の熊本地震に関連してはトーンが違う気がする。
振り返ると、たまたまに過ぎないのだろうが、現代人が認知してる地震関連の災害は冬が多かった、少なくとも被災者は寒さとも戦わなければいけないことが多かった。
そういう状況では、怒りや不満は身体を発熱させる正のエネルギーとして機能していたのかもしれない。
しかし、猛暑酷暑の環境下で、しかも水や電気すらままならない環境下では、怒りや不満の発熱要素は身心を激しく消耗させる負のエネルギーにしかならない、そういうことが明らかになった。
人類の歴史を振り返ると、生き抜くためには飢えと寒さが最大の敵と言われていたが、この2〜3年で暑さの方が寧ろ悪い意味で上のようだと思い知らされている。
猛暑酷暑の環境下では好感度なんて鬱陶しいだけなのかもしれない。
もちろん好感度が低い方が歓迎されるという意味ではない、念の為。