違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

『日本の川は滝』、台風19号で思い出したこと!

こんな事はないだろうか?

 

「ああ、そう言えばどこかで誰かが言っていたような気がするが、アレなんだったっけ?」

 

台風19号が引き起こした水害をテレビなどの報道で映像として見てる時に久しぶりに「ああ、言いたいことがあるような気がするが、俺何が言いたいんだっけ?」という気持ちになっていた。

 

そして今日になってやっと思い出せたのが次のこと。

 

〜〜

オランダ人ヨハニス・デ・レーケは、1873年に明治政府の内務省土木局に招かれ、河川や港の改修を技術指導した。

 

ヨーロッパの川を見慣れていたデ・レーケは、日本の川を見て「これは、滝だ!」と驚いたらしい。

〜〜

 

しかも自分でブログに書いていたのに、思い出すまでにずいぶん時間が掛かってしまった。

 

www.chigau-mikata.club

 

 

「日本の川は滝」と表現するかどうかはともかく、そう感じてる人が世間にどのくらいいるかを検索してみた。

 

次の方のツイートは興味深いことを教えてくれている、リプ(=連ツイ)も見てほしい。

 

 

 

ちょっと難しく書いてあるが簡単に言うと、

 

 

 

上流の急勾配を駆け抜けた水が中流から下流にかけての勾配が緩やかな地形に流れ込み、地形が許容する排水能力を超えた時に水害が起きているのだが、流速が速いので津波のような破壊力が生まれてしまうし、流速があるので土砂を含めてあらゆるものを削りながら巻き上げて襲ってくることになる。

 

そして、現代人には令和時代の出来事に思える台風19号がもたらした水害は地球温暖化の深刻さだと理解されてるようだが、実は歴史に翻弄された結果でもあるようだ。

 

 

いずれにしても日本で生きる限り、このような地理的、歴史的な宿命を背負って生きるしかない。

台風19号は、21世紀になって初めて首都圏の方々が本気で関心を示した台風!

GoogleTrendsで遊んでいると面白いことに気付いた。

 

検索可能な2004年以降で『台風』と検索すると、

 

GoogleTrends『台風』2004年以降

 

 

今年の伸びがすごいことが分かる。

 

台風15号、台風19号と記憶に残るような台風が立て続けに来たのでグラフの伸びには納得できるが、これ自体はおもしろいことでも何でもない。

 

おもしろいのは地域ごとの関心度を示す『小区域別のインタレスト』で、ブルーの色が濃いほど、○印の密集度が高いほど関心が高いことを示している。

 

2004年以降の通算では、

 

小区域別のインタレスト2004年以降

 

台風の通り道として定番の沖縄や九州南部を中心に西日本が大きな関心を示していることが分かる。

 

最初の検索度を示すグラフで今年が大きく伸びているのは、昨年までは台風は西日本の関心事で、首都圏の人で台風を気にする人は出身地や身内が西日本の方だったり、仕事で西日本が関係してる方だけだったのだろうと推測できるが、今年は台風15号に始まり台風19号とたて続けに首都圏を襲ったために首都圏の方が当事者として台風に関心を持ったからだろうと推測できる。

 

では、この『小区域別のインタレスト』を台風15号が発生した9月から今日(10月14日)までで見ると、

 

小区域別のインタレスト2019年9月以降



少し中部から東の関心が増えてるように感じられるが、やっぱり沖縄から九州にかけての関心が大きいことが分かる。

 

では、今年の10月1日以降で見ると、

 

 

小区域別のインタレスト10月以降

 

見事に東日本の関心事になり、沖縄に至っては興味を示していないことが分かる。

 

更に、直近7日間で見ると、

 

小区域別のインタレスト直近7日間

 

完全に中部地方と首都圏の関心事になり、沖縄九州は全く関心を示してない。

 

自然災害は当事者になるかもしれないという危機感が検索行為に現れていることが分かる。

 

それと同時に、今年はGoogleができて初めて首都圏が本気で台風に関心を示したと言えるのかもしれない。

 

今年の台風は、首都圏の方にとってはトラウマ級の出来事となったであろうが、そのトラウマは沖縄九州にとっては風物詩の一つなのでそれなりの対策は取られているが、それでもその都度想定外が起こるようになっている。

 

今日は久しぶりにGoogleTrendsで遊んで楽しかった。

 

台風19号の想定外!

危機管理やリスクマネージメントは、全方位にアンテナを張り巡らせて、あらゆる危機やリスクを想定した上で、優先順位を付けたり、やれることに限定することで実際に対応することになるのだろうが、今回の台風19号では先入観で想定外が発生していたように感じられる。

 

台風19号は、当初から中心気圧の低さや最大瞬間風速の速さが強調されていたことと、千葉に大被害を与えた台風15号や昨年大阪で猛威を振るった台風21号のような風による被害が増えるであろうと予測する人が多かったのではないだろうか?

 

わたしも風台風になるという先入観を持っていた。

 

 

しかし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨台風であろうと風台風であろうと人間の力で立ち向かえる相手ではないと言う意味では大した違いはなかったのかもしれない。

 

しかし、人間の手に負えることに関して先入観のせいで折角のアンテナがたった二つの選択肢ですらカバー出来なかったとしたら、そもそもの危機管理やリスクマネージメントは不完全な対応に終わってしまう。

 

 

逆に言うと、首都圏の方々(台風15号で被害を受けた千葉県や神奈川県を除く)は風台風の恐ろしさを充分に理解したとは言えないかもしれない。

 

想定外は、知識や経験の隙間に入り込んで来る。

 

危機管理やリスクマネージメントは、臆病なくらいがちょうど良いのだろう。

 

台風19号と神様!

台風19号を恐れてる人達は今頃神様に祈っているだろう。

 

祈る時に必ず出てくる神様はどんな姿形をし、私たちをどんな思いで眺めているだろうか?

 

さて、世の中にはどうやら祈りの対象になる神様以外にもたくさんの神様が存在するらしいが、台風19号の接近で猛威を振るっているのが『お客様』という神様らしい。

 

 

世の中には、本物の神様ではない自称神様という詐欺師が結構な数いるようですが、彼ら彼女らはお客様という仮面を被っています。

 

 

大事なことなのでもう一度繰り返します!

 

 

 

 

つまりこう言うことです。

 

 

 

もちろん上位創造主だからといって神様に対して偉そうに振る舞うとしっぺ返しを食います。

 

しかし、しっぺ返しはすぐには来ません。

 

神様はしっぺ返しのタイミングを探っています。

 

 

台風19号が神様からのしっぺ返しだと感じてる人は大勢いるはずだ。

 

 

 

 

台風19号に限らないが、良くないことが自分の身に降りかかる時、口では『何にも悪いことしてないのにどうして?』と言いながらも、心の中では『ああ、神様はあのことを許してくれてなかったんだ!』と様々なことに思いが至るはずだ。

 

 

しかし、そんな台風19号は序章に過ぎないかもしれない!

 

 

 

不謹慎ながらTwitterで遊んでしまいました。

 

 

ここまで来ると後は祈ることしかできません。

物欲の秋!

台風19号のことが気になりながらも、夏の暑さが一段落したことで食欲の回復が著しくなるのが秋。

 

断捨離ブームに乗って、脂肪を捨ててきた人が再び脂肪を纏い始めるのが秋。

 

『秋』に付けられる枕詞は、『食欲の』以外にも『スポーツの』『読書の』『芸術の』が広く知られているように、もともと持っている個人的な趣味嗜好のエネルギーが活発になる季節が秋なのだ。

 

この時期に興味や関心を示すものは、自覚の有無に関係なく心の中で求めているものであり、本能に近いところで求めていることが多い(ような気がする)。

 

求めるものがある時の人間はポジティブ。

 

そして、こう言うポジティブな気分は物欲も掻き立てるのだ。

 

ここで言う物欲は、心の底から望むものであり、それは同時に必要なものでもある。

 

全く新しいものを欲しいという物欲もあれば、今持っているものをメンテナンスしたりDIY的に改良したり改造するための素材や道具に対する物欲もある。

 

ものを買うだけで満たされる物欲だったらそれは単なるインプット。

 

買ったもの(作ったもの)をどのように活用するかを楽しめるようになると、それはアウトプットになる。

 

 

「物欲が無い」という状態は、必要なものは全部揃っている場合にはなんの問題もないが、出費を抑えることだけが目的で「あれもいらない」「これもいらない」と言ってる場合には注意しなければいけない。

 

自分の心の中にあるポジティブな意識を殺すことになるかもしれないからだ。

 

 

ここで言ってる物欲は、自慢することが目的だったり、所有するだけで満足するようなものではなく、自己満足でも良いから活用してナンボのためのものだ。

 

つまり、わたしがここで言ってる物欲とトレードオフの関係にあるのは「やりたいことがない」だ。

 

 

しかし、ネットやTwitterを検索すると、物欲とはお金を使うことで、物欲の無い状態とは『無駄遣いをしない』であり『お金が貯まる』と考えている人が多いということが分かる。

 

物欲が無い人達は自分のことを、「やりたいことがない」とは考えてないようだが、心理学的にはかなり深刻さがあるようだ。

 

繰り返すが「買い物でストレス発散」のような物欲のことを言ってるわけではない。

 

物欲が高じて散財し反省している人々の話を読むと、物欲が買うだけで終了するインプットタイプであることが分かる。

 

物欲がアウトプットにつながる場合には、買うことは終わりではなく始まりを意味する。

 

 

アウトプットは、「やりたいこと」に宿る(はず)!

 

 

11月に急遽北海道に行く予定が入ったら、急に今月下旬から発売されることになったGoproのニューモデルが欲しくてしょうがなくなったので今日のブログにつなげてみた。

 

 

カメラは持っていてもろくに写真も撮らないし、撮った写真もイマイチばかりなのにGopro買ったらきっと満足のいく写真や動画が撮れそうな気がしてしょうがない。

 

確かに物欲の宿るところにはポジティブな気持ちは芽生えているようだが、この気持ちが錯覚なのか、それとも信じて良いのかと思案中!

没落する神戸!

最近、神戸の良くない話題が多い気がする。

 

直近では、大きな二つの話題があって今も燻ってるというかしっかりと燃えている。

 

 

 

ボ〜ッと見てるとたまたま起きた二つの出来事のようだが、共通点は神戸市教育委員会。

 

神戸市教育委員会の問題かと思いきやこんな話も出てきた。

 

 

番組は見てなくてツイートの印象だけで語ると、『神戸方式』がキーワードのように感じられる。

 

神戸市民がどこまで理解できてるか分からないけれど、どちらも小学校で起きてることを考えると、神戸で生まれ育った人が自分の体験を日本共通だと思っていても、それは神戸だけという負の体験がありそうだ。

 

 

これらの件がキッカケで神戸を舞台にしたこととして思い出したのが2017年のクリスマスのイベント。

 

神戸・世界一のツリー、樹齢150年の大木を伐採して「考えて」→炎上

神戸港開港150年目を記念し、富山県から推定樹齢150年のアスナロの巨木が運ばれた。全長約30メートルという。また、阪神淡路大震災の鎮魂の意味も込め、復興のシンボルとしたいという意図も説明されている。

 

このイベントが炎上したことを覚えているだろうか?

 

上記の記事の最後は次のように締め括られている。

 

些細なプレゼントでもいいけれど、包装紙だけ過剰なのでは白ける。この企画の違和感の本質は、メッセージへの「がっかり感」。それを受け止めてほしい。

 

とあるように企画者は批判と非難の矢面に晒されて、次のような見出しで報じられていた。

 

神戸「世界一のツリー」騒動で糸井重里「炎上」 「批判者を批判?」ツイート連発に「幻滅した」

 

 

 

『神戸』という冠を付けて発信される情報や話題にガッカリ感が付いて回るようになったのはいつからだろうか?

 

多くの人が何となくイメージするのは1995年の阪神・淡路大震災だろうが、次のツイートを見るとそれだけが理由ではないが、神戸は没落ということばとセットで捉えられることが増えたように感じられる。

 

 

阪神・淡路大震災の後、震災が理由ではないが90年台後半以降東京への一極集中が加速したことも、神戸の没落を加速させたのかもしれない。

 

『神戸』と『没落』は相性が良い組合せらしく検索するといろいろ出てくる。

 

 

 

もうみんなダイエーって神戸で生まれた会社だったってことを忘れてると思うけど、わたしも忘れていたが、次のツイートで思い出した。

 

 

日本の小売業界をリードしていたダイエーが初めて赤字を計上したのが1995年。

 

冒頭で紹介した教師のいじめが起きたのは神戸市須磨区。

 

1997年には神戸市須磨区で中学生が小学生を複数殺す神戸連続児童殺傷事件が起きている。

 

Wikipediaでこの事件を伝える報道の現場の光景も記されてるが、その一部を紹介すると、

 

Aが逮捕された数時間後、須磨警察署からのニュース報道が行われたが、レポーターの背後に群がっていた野次馬に紛れた、茶髪の少年がピースサインをしたり携帯電話で電話しているという姿が映し出された。

この光景に対して、神戸小学生殺人事件を考える会が行った調査では、半数以上が「馬鹿・恥知らず」という回答だった。「馬鹿の見本市のようだった」「あの時間に須磨にいるのだから、全員が地元の子だろう。地元にいて、なぜあんなことができるのか。考える頭がないのでは?」「ことの重大さがわかっていない。親の顔が見たい」という意見があった。

 

 

この子たちは、今はいい歳した体だけは大人になっている。

 

1995年を境目に没落し始めて4半世紀の神戸は、日本の将来を先取りしてるのかもしれない?

 

ビッグデータとゴミ屋敷の謎と不思議!

おもしろい記事があった。

 

正確には、最初はおもしろいと思ったがやがて「おもしろいのかな?」と疑問も湧いてきた。

 

キッカケとなったなった記事はこれ。

 

 

まず朝6~7時には、「明るい」「眠い」「健康的」「穏やかな」「がんばろう」と総じて、比較的ポジティブなワードを書き込む人が多い。

昼から夜にかけて見ていくと、12時には嬉しいランチ、「もぐもぐ」「うきうき」「安い」。13時には「満腹」「あったかい」など、お腹を満たして満足している様子である。

19時台に夕食をとったら、テレビやネットを見ながら「かっこいい」と叫んだり「かわいい」とほころんだりする。

ところが、夜が更けるにつれ、様子がおかしくなり始める。午前3時の時間帯特徴ワード1位は「まずい」、4時には1位がとうとう「死ね」に。

Yahoo! 検索ビッグデータで判明、日本人が「密かに悩んでいること」 夜中になるほどネガティブに…

 

 

ビッグデータやそれを分析するデータサイエンティストやデータアナリストという職はもてはやされてるように見えるが、その名に伴う実はあるのだろうか?

 

この場合の「実」は収入や報酬ではなく中身の意味。

 

もっともらしく見せることに腐心してるとしか思えないことも多い。

 

上記の記事に書いてあることは一見人間の心の闇に迫っているように感じるが、よく考えると朝に朝日と共に目覚めた人が健全で、夜寝ないで起きてる人が不健全という当たり前のことを御大層に言い直しただけにも思える。

 

ただおもしろいのは、知ってるはずのことを違う切り口で表現されると新鮮に感じることだ。

 

GoogleTrendsで「ビッグデータ」を検索可能な2004年以降で見ると、

 

GoogleTrends「ビッグデータ」2004年以降

 

日本では東日本大震災後の2011年夏頃から注目され始め最近は少し下がったというか、安定状態に入ったようにも見える。

 

 

ビッグデータに関して興味深いツイートを紹介すると、

 

 

 

 

最後のツイートで紹介されてる記事の中にこんなやりとりがある。

 

小宮:それはいいですね。データは多ければ多いほどいいですから。

よくこういうのをやっていると、「見間違いや被害妄想で報告するやつもいるだろう」と言う人がいるけれど、そういうのもデータの中に入っていいんです。パイが大きくなればなるほど傾向がわかる。それがビッグデータのいいところですから。

:仰るとおりだと思います。集まっているデータでも、「これはいたずらの報告だろう」というものはだんだん見えてきます。

 

 

 

このやりとりはまさにその通りだと感じると共に、収集癖の強いマニアックなコレクターの心理と共通するのではと思えてくる。

 

 

珍品コレクターとして有名な漫画家のやくみつるさんは、こんなことを言っている。

 

 

ビッグデータと珍品コレクションが共通するような気がしてくると『珍品』の範囲が気になり始める。

 

そしてよく考えると、これが『珍品』ですというものがあるというよりも、なんらかの理由がありその気になればそれは全て『珍品』になるのではと思えてくる。

 

だとすれば、ゴミ屋敷の主も珍品コレクターになるはずだ。

 

 

 

テレビなどで報道されるゴミ屋敷の主はリサイクル業を標榜する者もいるところを見ると、最初は商品の仕入れだったのかもしれない。

 

「これはまだ使える」「修理すれば使える」「部品を取るために使える」などという目でゴミを見ると、きっとお宝に見えているのかもしれない。

 

 

ビッグデータと呼ぶと今風でカッコよく感じるが、『情報のゴミ屋敷』と紙一重でもありそうだ。

 

 

ビッグデータやゴミ屋敷には謎や不思議がたくさんありそうだ。