違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

大人も子供も秘密基地が欲しい!

コロナで自粛が続いて以来、明るい話題は脳天気なものばかりで逆に鬱陶しかったりする中で、ほのぼのとしたものを求めていたが、やっとそんな話題に出会えました。

 

時流にもマッチしていながら明るく微笑ましさもあるものはなかなか無いものです。

 

 

 

 

このツイートのリプには次のような意見もあった。

 

 

 

 

テントは部屋の中でも良さそう。

 

 

 

この話は、昔話に花を咲かせることもありそう。

 

 

 

 

今も昔も子供の楽しさや喜びのツボは変わってないのかもしれないと思わせてくれるリプもありました。

 

 

 

 

テントはきっと秘密基地みたいなものに思えてるでしょう。

 

子供は秘密基地を欲しがる生き物だったということを思い出しました。

 

たぶん大人もでしょう。

 

濃厚接触や3密は警戒しなければいけないので、今は大人も子供も相手は選ばなければいけないのですが。

 

大人にとっての秘密基地は、むしろ隠れ家として存在してるでしょう。

 

一人で訪れる行きつけの店や馴染みの店なんていうのが該当するのだろうか。

 

そんなお店で都市部に存在するものは軒並み自粛で休業中だ。

 

テントが強風や大雨に弱いように、ひっそりと存在する隠れ家も環境の激変には弱いことだろう。

 

コロナが収束した後の隠れ家はどのように変化するのだろうか?

コロナが収束しても、もう元には戻らない!

コロナ対策として、世界中で外出自粛やさらに強力なロックダウン(都市封鎖)が行われている。

 

人の行き来が極端に制限されると、行動に対する許容範囲が狭くなり、生きるために最低限必要な動きに近づくようになる。

 

結果として経済には大きなダメージが出てるが、逆に考えると、今落ち込んでいる経済は全て必要の上に成り立っていたものと言うよりも、余剰の上に成り立っているものだったのだということも明らかになったような気がする。

 

余剰は、豊かさにつながるとともに、無駄と紙一重でもある。

 

敢えて皮肉な言い方をすると、そんな無駄なことに心血を注いで生きている人たちが大勢いて、そういう人たちほどコロナ騒動の初期の段階から苦しんでいる。

 

西田敏行さんが俳優を代表して声明を発表したのが3月5日。

 

 

 

しかし徐々に、その影響は必要の上に成り立っている分野にも時間差で波及するので、極々一部のUber Eatsのような特需が生じてる分野以外はほぼ全て縮小傾向にある。

 

このようになると、発想も行動も内向きになる。

 

みんなで良い思いをしようというよりも、先ずは自分だと考えるようになる。

 

 

4年前当初泡沫候補と思われていたトランプ大統領の誕生は『アメリカファースト』というグローバル化の逆行を生み出した。

 

それ以来、規模の大小はあれど『〇〇ファースト』というフレーズを聞くことが増えた。

 

この現象は、コロナが発生した今となっては、時代を見事に先読みしてたと言えそうだ。

 

スティーブ・ジョブズの『点と点は後からつながる』を思い出す。

 

 

 

グローバル化の波に乗って、国内の地産地消を縮小させた日本には気になる話題も聞こえてくる。

 

新型コロナ拡大で食料生産国 自国優先し輸出制限  日本農業新聞

 

 

『〇〇ファースト』という価値観に目覚めると、協力・協調関係に亀裂が入り、利害の対立に変化する。

 

 

コロナ対策としての給付金を巡る扱いにも不思議な現象が起きている。

 

自己責任を盾にして弱者を切り捨てそうなイメージがある欧米は早々と一律の給付金を交付しているのは、国も国民も共にコロナと戦っているという共通認識が成立してるからだ。

 

それに対して空気を読み合うのが得意な日本では、国と国民の思いは一致しない。

 

世間の噂を見てると、国民とすれ違っているのは国というよりも財務省のようだ。

 

 

どうやら財務省は家庭の主婦のような意識で運営されてるようで、赤字や借金を極端に恐れているようなのだ。

 

一見正しいと思えるが、個人の生活でする借金や赤字と違って、取り立てる人を恐れる必要はないにも関わらず恐れているのだ。

 

恐れていると言うよりも、国民を甘やかしてはいけないとすら思っているかのようだ。

 

つまり、コロナという外敵に対して、本来一体となって戦うところで、一体にならずに逆に内部でいがみ合っているのが今の日本のように見えてくる。

 

 

資金繰りがつかない事業者が、納税猶予を相談すると、こういう時期だから納税猶予は利用可能だが、その場合は延滞税が発生すると言われたりしてるらしいが、この件を巡って時系列で見ると。

 

 

 

 

 

 

 

ツンデレかよ!

 

 

取り敢えず中間納税に関しては一息つけそうだが、そもそもこの中間納税(予定納税とも呼ばれる)は、多くの事業者(経営者)が不満を持っている仕組みで、発生するかもしれない税金の担保として現金を先払いさせるというシステムで、最終的にはプラスマイナスゼロになるので損はしないのだが、確実に資金繰りにダメージを与えるのだ。

 

逆に言うと、税務署(≒財務省)が取りっぱぐれないためのシステムで、国(財務省)と国民(事業者)が対立関係だからこそのシステムだ。

 

 

日本で生活するためには今のところこの仕組みから逃げることはできないので、確実に拭えないストレスになる。

 

だとすれば、その他たくさんあるストレスの種からは離れた方が良いのは当然だろう。

 

コロナ騒動で否応なく強いられてる自粛を通して、『ああ、これは無くても平気だ、無くても大丈夫だ』と気付くものも多いはず。

 

逆に、『これは絶対いるな』と痛感してるものもあるだろう。

 

コロナが収束しても、賢い人はもう元には戻らないだろうなと思えてくる。

 

これはこれで、新たな悲喜交々劇を生むだろう。

サイレントマジョリティがノイジーマジョリティに転じるか?

緊急事態宣言が出されるだけあって、コロナもしくはコロナウイルスというキーワードはGoogleTrendsで見ると日本では検索の勢いは全く衰えてないことが分かる(4月7日朝7時時点)。

 

GoogleTrends 「コロナ」「コロナウイルス」 過去90日

 

 

わたしはこの1ヶ月ほどブログを書く際に、今日こそはコロナ以外の話題にしようと思いつつ内容を考えるが、スタートはコロナ以外で発想しても、そこに今現在という時間軸が加わると、コロナと結びつくことが避けられないのだ。

 

この現象は、わたしだけではないはずだ。

 

つまり、何か発言すると、それはコロナに絡んでしまうようになるのだ。

 

程度の違いはあっても、ほぼ全てに近いくらい大勢の人たちがコロナに関連することを話しているとすると、コロナに関してはもしかするとノイジーマジョリティが当てはまるのかもと思え始める。

 

コロナ前の常識として『サイレントマジョリティvsノイジーマイノリティ』という対比があったが、コロナ関連をキッカケにノイジーマジョリティという層が誕生したかもしれないと考えてみた。

 

 

マジョリティがノイジーになるキッカケの一つは、大勢に共通する象徴的な出来事が起きることだ。

 

それが志村けんさんの死だったような気がする。

 

上記のGoogle Trendsに志村けんさんを加えて見ると、

 

 

GoogleTrends 「コロナ」「コロナウイルス」「志村けん」 過去90日

 

 

志村けんさんの死をキッカケに、コロナの検索の角度が上がっていることが分かる。

 

志村けんさんの人間性やキャラクターを懐かしみながら惜しみながら嘆く声よりも数段高いコロナへの無言の恐怖が感じ取れる。

 

志村けんさんの死は、サイレントマジョリティに恐怖を植えつけたのだ。

 

 

先日NHKで以下の番組を見た。

 

 

 

フェイクニュースが集団リンチ的な殺人につながった事例などセンセーショナルな映像もあったが、わたしの印象に残ったのは、『フェイクニュースがリツイート等で伝わる速さは真実の20倍』とデータを交えて伝えていたことだった。

 

フェイクニュースを、ただのウソやデマだと思いがちで、そう思うとウソやデマに騙されないためには、いわゆるリテラシーが大事だと解釈するようになる、わたしもだ。

 

 

長嶋一茂さんはテレビで、東京がロックダウンするという噂(=フェイクニュース)を信じたのは、『嘘って思いながらも、然もありなんとも思ったから』と言って照れていた。

 

この『嘘って思いながらも、然もありなんと思う』という気持ちが、謂わゆる琴線に触れるということなのかもしれない。

 

 

琴線に触れるというのは、辞書的には良い意味での感動を受けることを意味するのだが、ベクトルは違っても負の影響力の強さの謎を説明するのに、琴線に触れるという表現は分かりやすい気がする。

 

別のことに例えると、音叉が共鳴する現象にも似てそうだ。

 

共通するのは、音(=振動)の響きであり、音の伝わりだ。

 

 

志村けんさんの死が、サイレントマジョリティの心に音叉が共鳴するように恐怖を忍び込ませたとすれば、サイレントマジョリティの何気ない一言は、別の人の心に共鳴しやすくなるだろう。

 

サイレントマジョリティがつぶやく一言は、きっと然もありなんと思える内容が多いはずで、悪意など無く、むしろ善意しかないだろう。

 

しかし、そんな一言は真実ではないことも多いかもしれない。

 

誰も長嶋一茂さんを笑えなくなるどころか、同じ目に遭うだろうし、遭わせるのだ。

 

 

これが繰り返されると、サイレントマジョリティがノイジーマジョリティに転じてしまうのではと思えてくる。

 

決して罵詈雑言を発するのではなく、静かな穏やかなトーンでありながらノイジーなのだ。

 

 

日本流のガラパゴスは、国民のマジョリティがサイレントだからだとすると、コロナは日本がガラパゴスを脱するためには役に立つのかもしれないと思える。

 

日本の都市部で出される緊急事態宣言はゴールデンウィーク明けまで続く予定だが、この1ヶ月の間にサイレントマジョリティがどう動くかは要注目だ!

データで見るコロナが変えた行動!

実際に街に出ると明らかに変化が生じていることに気付いたのはいつからだろうか?

 

つい最近のはずなのに、遠い昔のように感じられる。

 

こういう時こそビッグデータの出番なのだが、個人レベルでアクセスできるデータなんてあるのだろうか、あっても白書みたいなもので即時性の薄いものしか無さそうな気がしてるところに、Twitterでフォローしてる方のツイートの中で紹介されていた。

 

揶揄されることも多いTwitterだが、Twitterが無ければこのデータには自力でアクセスできなかったであろうと思うと、Twitterは大切だと再認識できた。

 

 

そのデータに基づいて書かれた記事がこれ。

 

スマホ位置情報で行動分析 都「“娯楽施設”行った」63%減

 

〜〜以下引用〜〜

 

アメリカのIT大手グーグルが、スマートフォンの位置情報を使って人々の動きを調べた分析結果を発表した。

2020年1月ごろと3月末ごろを比べたもので、それによると、外出自粛要請が出た東京では、商店や娯楽施設などに行った人が63%減少。 日本全体では、26%の減少となった。

一方、職場に行った人は、東京が27%、全国では9%減少。 自宅など住宅内にいた人は、東京が14%、全国では7%増えていて、テレワークに切り替えた企業が増えたからだとみられる。

 

 

〜〜引用ここまで〜〜

 

 

このニュースが示すGoogleの分析結果というのが下記のPDFで日本の県別のデータが掲載されている。

 

https://www.gstatic.com/covid19/mobility/2020-03-29_JP_Mobility_Report_en.pdf

 

〜〜以下引用〜〜

 

Google prepared this report to help you and public health officials understand responses to social distancing guidance related to COVID-19. This report shouldn’t be used for medical diagnostic, prognostic, or treatment purposes. It also isn’t intended to be used for guidance on personal travel plans.

〈Google翻訳〉

Googleはこのレポートを作成して、COVID-19に関連する社会的距離のガイダンスへの対応を理解できるようにしています。 このレポートは、医療診断、予後診断、治療目的で使用しないでください。 また、個人的な旅行計画のガイダンスとして使用することも意図されていません。

 

〜〜引用ここまで〜〜

 

 

このPDFの最後にはデータを解釈するための注意点が書いてある。

 

〜〜以下引用〜〜

 

●  The baseline is the median value, for the corresponding day of the week, during the 5- week period Jan 3–Feb 6, 2020.

● The reports show trends over several weeks with the most recent data representing approximately 2-3 days ago—this is how long it takes to produce the reports.

〈Google翻訳〉

●ベースラインは、2020年1月3日から2月6日までの5週間の期間における、対応する曜日の中央値です。

●レポートには数週間にわたる傾向が表示され、最新のデータは約2〜3日前を表します。これは、レポートの生成にかかる時間です。

 

〜〜引用ここまで〜〜

 

以下で引用するグラフの大きく書かれた数字は3月末の数値とベースラインとの乖離を示している。

 

このデータには、都道府県別のデータが載っているので、全国ニュースで日本共通だと思っていることの影響の波及度の地域差が現れているようでおもしろい。

 

 

基準となるであろう東京のデータがこちら。

 

この東京のデータが、全国ニュースの基準になっているのだ。

 

東京都の行動データ

 

データは6つのジャンルに分かれ、注釈が付いている。

 

 

  • Retail & recreation

 

レストラン、カフェ、ショッピングセンター、博物館、美術館、図書館、映画館など

 

 

  • Grocery & pharmacy

 

スーパーやドラッグストアなど食料品や医薬品の小売り店舗各種

 

 

  • Parks

 

公園や海岸や各種の公共の広場

 

 

 

  • Transit stations

 

駅などの各種の公共交通機関の乗り場

 

 

  • Workplace

 

一般的な職場

 

 

  • Residential

 

自宅、別荘、疎開(?)

 

 

昨日現在の全国のコロナ陽性者は、

 

都道府県別のコロナ陽性者 朝日新聞

表の引用は下記サイトから

https://www.asahi.com/special/corona/

 

 

 

千葉県、神奈川県、埼玉県は東京都と一体で捉えるとすると、大阪府のデータが気になる。

 


 

大阪府の行動データ

 

食料品やドラッグストアの需要の変動が東京都よりは少ないのに気付く。

 

では、比較的早くコロナが流行した北海道はというと、

 

 

北海道の行動データ

 

示されるデータはベースラインを下回っているが、緩やかな回復基調が感じられる。

 

他に地域の中核県として愛知県と福岡県を見ると、

 

 

愛知県の行動データ

 

福岡県の行動データ

 

 

愛知県も福岡県も小売の落ち込みは東京都に比べると小さいなと感じられる。

 

福岡県の公園利用者が他の都市に比べて多いのは陽性者が増えてるとは言え、東京都や大阪府などの大都市と物理的に離れてることによる楽観が県民気質として感じられる。

 

 

分析には程遠い感想を述べただけだが、同じ日本人でも受け取り方や対処には違いがあるということが感じられておもしろいデータだと思う。

 

北海道に収束の予兆が感じられるように、時間が解決すると思って良いかは不明だが、ビッグデータで行動を見るというのはおもしろいなと感じられる。

 

もし今が昭和だったら、きっと何が起きているか全く分からないはずで、そういう意味ではテクノロジーは諸刃の剣なのだがありがたいと思える。

 

正しい真実が分かるというよりも、データを知ることで、自分の意見が持てることがありがたい。

コロナが引き起こす新たな『所与性』格差!

自粛で喘ぐ今の日本では補償を巡って新しいステージが始まろうとしている。

 

循環するべきお金が、人々の移動という循環が絶たれたことに連動して、循環しなくなったからだ。

 

天下の回りものと言われるお金は、人生を振り回すことが多い。

 

「お金」を理解する「名言集」

 

この名言集の中から気になったことばを二つ引用すると、

 

金は天下のまわりものだ。いつもこちらをよけてまわるのが気にくわないが。

出典イワン・ツルゲーネフ(ロシアの作家)

 

 

金がないから何もできないという人間は、 金があってもなにも出来ない人間である。

出典小林一三(日本の企業家)

 

 

現代日本人は、当然のことだと思っていた『働かざる者食うべからず』という価値観をコロナから攻撃されている。

 

『働かざる者食うべからず』は、コロナ前は、強者が弱者に押し付ける価値観であり強迫観念で、合法的搾取を成り立たせる基本でもあった。

 

合法的搾取は、金は天下の回りものを成り立たせる一方で、お金の流れに偏りを作り出す落とし穴の上に成り立っているとも言える。

 

 

 

 

今、心の中には矛盾が生まれていて葛藤してる人も多いだろう。

 

金銭的にはコロナ前の生活に戻りたいと思いながらも、コロナ前の生活が本当に幸せだったかというと、そんなことはないという矛盾や葛藤だ。

 

 

人間の本性はピンチの時に現れるという。

 

普段は穏やかだったり、リーダーシップを見せるのに、ピンチになると落ち着きをなくし逆上し、周りをガッカリさせる人は多い。

 

逆に、普段は無神経に見える人が冷静沈着で頼もしかったりする。

 

 

赤ちゃんは泣くのが仕事と言われるが、令和2年度の大人の仕事は人混みに近づかないことから始まった。

 

 

 

 

個人的には、こうなったことは悪いことではないと思っている。(コロナの犠牲になることが良いという意味ではない)

 

 

生物的な進化は突然変異によって引き起こされると言われるが、それは細胞内の遺伝子の突然の変化を指すので、自らの内側で発生する。

 

コロナの発生は、どうやら外側から人間の行動や価値観に突然変異のように急激な変化をもたらしているのかもしれない。

 

検索すると出てくるが、コロナはいまだに陰謀論も根強く、特許が絡んだ国際機関が絡んで生み出されたものでビル・ゲイツも一枚噛んでいるという説もあったりするが、真相はどうであれコロナが出現したことだけは間違いない。

 

外側からのコロナの攻撃が、人間の突然変異につながるならば、やはり内側から変化は顕在化するはずだ。

 

ただ他の生き物と違うのは、遺伝子レベルの変化ではなく、価値観の変化によって、それも大きな集団としてまとまって価値観がシフトするかもしれないことによって、人間の生き方が変質するかもしれない。

 

 

否定的で悲観的に捉えられるコロナだが、肯定的に楽観的に捉える余地もたくさんあるはずだ。

 

 

『否定⇔肯定』、『悲観⇔楽観』にも格差が生じることだろう。

 

 

個人的には、大騒ぎした後に何事も無かったかのように元に戻ることが一番詰まらないことだと思っている。

 

元に戻るとは、所与性の復元でもある。

 

 

www.chigau-mikata.club

 

 

これをキッカケに起きるであろう新たな変化を楽しみたいものだ。

(悪い意味で)これが日本の実力!

コロナのおかげで社会や世間の予定は大きく狂わされたせいで、予定して当て込んでいた計算を皮算用と化させる誤算を生んでいるはずだ。

 

皮算用といえば金銭的なことを意味することが多いが、それ以外にもあるのだ。

 

 

新型コロナで「大誤算」!? 王室を離脱したメーガン妃を待ち受ける「終わった人」への危機(井津川倫子)

 

〜〜以下引用〜〜

 

新型コロナウイルスのパンデミックがいつ収まるのか、まったく先が見えない状況です。「王室離脱」後は、名声を武器に華々しい活躍を計画していたメーガン妃にとって、このまま「世間から忘れられる」ことは、最も避けたいのではないでしょうか。

 

〜〜引用ここまで〜〜

 

予定していた計算を皮算用化させないためには、前もっての準備が必要になる。

 

一般的には、前もっての準備には教育(啓蒙)と投資が必要になることが多いし、そのために割かれる時間も余計に必要になる。

 

しかし、日本は伝統的にこれらを根性や気合で乗り切れるだろうと考えるリーダーや指導者がまだまだ多いのだ。

 

 

 

 

リーダーや指導者が根性や気合を重視する場合、下に就てる者は十分な啓蒙を受けてないあるいは形だけの啓蒙っぽいお説教で終わっているものだ。

 

テレワークが無能をあぶり出すリトマス試験紙だと言われるのもこの辺が関係していて記事化されている。

 

隠れ「働かないおじさん」がテレワーク強制で次々あぶり出された理由

 

〜〜以下引用〜〜

 

ある経団連幹部は「コロナ危機をきっかけにテレワークを利用したリストラが加速する」と断言する。経団連かいわいや、経営者・幹部の間で、これがよく話題に上るようになっているのだ。

 

テレワークはITツールを使って仕事が進む。勤怠管理だけでなく、働きぶりもより精緻にデジタルデータで明らかにできる。アナログな「追い出し部屋」などから進化した、「新型リストラ」が始まる。

 

〜〜引用ここまで〜〜

 

コロナ前、世間ではさんざん揶揄されていた『日本すげえ』と礼賛するテレビ番組が多かったが、ほんの数ヶ月前までよく目にし聞いていたはずなのに遠い昔の話に思えるようになってしまった。

 

 

そんな時に、政府から1世帯にマスク2枚を配るという話が出た。

 

 

この話に対して元外交官で作家の佐藤優さんがおもしろい(=恐ろしい)ことを言っていた。

 

ここでも、こんなはずではなかったという多くの話が語られた。

 

 

安倍総理を含め側近の秘書官たちが、ネットでもさんざん伝えられる自粛で苦しむ世間の実情を知らないわけはない、十分過ぎるほど分かっている。

 

しかし、それに対して打てる対策が今の日本の実力では、マスク2枚を配ることなのだと言っていた。

 

わたしは、緊急事態宣言を出さないことも含めて、政府が出来ることをやろうとしないのは、憲法改正などこれを機に一気に進めたいことの駆け引きをしてると思っていた。

 

つまり、駆け引きのために、出来ることをやろうとしてないと思っていたのだが、佐藤優さんは、やりたくてもできない、それが今の日本の実力なのだと言っていた。

 

言われてる通りだとすると、政府に期待することは出来なくなる。

 

検索すれば出るのでリンクは貼らないが、このマスク2枚政策は海外のニュースでアベノマスクと呼ばれて嘲笑の対象になっている。

 

 

佐藤優さんが語る日本の実力に興味がある方は次の話を聞いて欲しい。

 

この中で佐藤優さんは、補償云々以上に怖いことを言っている。

 

日本で医療崩壊が起きるとすれば、それはコロナが起こすというよりも日本国民が起こすという話も語られている。

 

日本流のガラパゴス効率を重視したせいで、緊急時に非効率的な態勢で運用される仕組みが出来上がっていたのだ。

 

 

youtu.be

 

 

佐藤優さんが言ってることが当たらずとも遠からずであるならば、日本は時代に逆行し、同調圧力が翼賛につながる可能性が高い。

 

そういう意味では、ここでも憲法改正は蒸し返されそうな気もする。

 

 

コロナがキッカケで世界は1歩未来に歩みを進める中で、日本だけが2歩も3歩も歩みを過去に戻す可能性を秘めていると気付いた方が良さそうだ。

 

 

佐藤優さんは最後に自由が大事だと言っている。

 

自由と簡単に言うと誤解の元になるだろう。

 

わたしが中途半端に解説するよりも、実際に前後の文脈に照らし合わせて解釈することに意味があると思うのでぜひ上記YouTubeを聞いて欲しい。

『コロナと人類』の関係が『日本政府と日本人』に思える!

もう1ヶ月前の話になるが、コロナが猛威を振るい始めた韓国では珍事が起きていたらしい。

 

新型コロナによる珍現象…韓国内の不法滞留者、自ら名乗り出て出国申請ラッシュ=韓国の反応

 

〜〜以下引用〜〜

 

この日午前、多くの不法滞留者が押し寄せ、済州出入国・外国人庁を取り囲んで建物が包囲されたようだった。

 

これまで見つけるのが難しかった中国人不法滞留者たちが済州を抜け出そうと、大挙して押し寄せた。

 

〜〜引用ここまで〜〜

 

 

コロナは、人間の日常を大きく変えているが、人間とともに共生してる生き物にも変化を与えているのだ。

 

 

3月中旬から休館になったシェッド水族館では、人がいなくなった館内をペンギンに探索させたらしい(=自由に歩かせた)。

 

この動画は見る価値あります。

 

 

 

 

コロナが原因となって巻き起こす珍事は、コロナが馴染みのない異分子的な存在だからで、共生する相手になっていないから。

 

 

亡くなられた志村けんさんは入院前に家政婦さんに「犬の世話を頼む」と伝えていたらしい、もしかしたらその時点では自分のことより犬の方が心配だったかもしれない。

 

最近では、ベルギーや香港で人(飼い主)からペットへのコロナ感染が確認されたというニュースが流れていたりする。

 

 

犬やネコのようなペットですら途中で飼育を放棄する人は後を絶たないが、好き嫌いはあっても、人間が犬やネコと共生してることに疑問を持つ人はいないだろう。

 

同じことは家畜全般にも当てはまるだろうし、動物園や水族館の生き物にも感じる人はいるだろう。

 

感情を抜きにすれば、野生動物としてイノシシを例にあげると、おそらく圧倒的に嫌われているだろうが、自然界という枠の中では共生せざるを得ない相手と認識してるだろう。

 

害虫や細菌だって、対策を意識してるものは、共生せざるを得ないと認識してると言えるだろう、インフルエンザのように。

 

しかし、コロナはまだ共生相手としての要件を満たせていないから世界が大混乱になるのだ。

 

こういう風に考えていると、共生の反対語って何だろうかと思う。

 

 

共生の対義語をご存知の方いませんか!?!

 

〜〜以下引用〜〜

 

【自存】=他に頼らず、自力で生存していく事です。

 

また、【寄生】という言葉は、【共生】の類義語でもあるし、ある意味で対義語でもあると思います。

 

〜〜引用ここまで〜〜

 

 

人類は、コロナと共生することを選ばざるを得ないとするならば、共生のための要件とは何になるだろうか?

 

その答えやヒントが明確ならば、すでに伝わって来てもおかしくないだろうから、伝わって来ないということは、要件が不明だからだ。

 

最近は、何かにつけてエビデンスが求められるが、どんな分野でも最先端にはエビデンスなんて存在しないのだ。

 

必要なのは試行錯誤で、試行錯誤するには知恵が必要になる、知識ではない。

 

共生に関しての知恵をTwitterから拾ってみた。

 

 

 

 

 

 

コロナと人類の共生を考えようとすると、途中から日本政府と日本国民の関係に似てると感じてきた。

 

日本政府が打ち出した『マスク2枚政策』は、日本政府には日本人は共生してる相手と見えてるのではなく、日本人は政府に寄生してると見えているのだろう。

 

そう考えると、日本政府の対応は全て『そりゃあそうだろうな』と思えることばかりだ!

 

人類がコロナとの共生を確立するのと、日本政府が日本国民を寄生する存在として見ることをやめるのは、どちらが早いのだろうか?