違う見方

誰でもできるけど、自分にしかできないのが、判断するということ! 情報過多な現代は偏り(バイアス)も強いので思わぬ方向にずれていくこともある。そんなズレを修正したりブレーキをかけるために少し違う目線を持ってみたいという備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

【パクる・マネする】勝手にブレーキがかかるのはナゼ?!

パクツイ(=パクリツイート)をよく見る。

 

面白いこと言ってるツイートを見ると、そのリプライにも目を通すのだが、そうすると時々パクリを指摘するものがあり、場合によってはリプライの殆どがパクリの指摘だったりすることもある。

 

最近だったらコレ。

 

 

よくよく調べると、いいねやリツイートが多いツイートをコピーするbotも存在してるようだ。

 

パクツイに不快感を感じるのは、オリジナルではないからだろうが、現代のように誰もが好き放題になんでも発言できるようになると、オリジナルの拠り所を「最初に言った」に求めるだけでは弱いかもしれない。

 

また、パクツイに不快感を感じる理由には、パクっただけなのに世間にウケてることへの僻みも入っているだろう。

 

ツイートに限らず、ブログなどSNSで発信されるネタは、内容のみで判断されたり評価されるわけではない。

 

そのネタが、どんなタイミングで誰に届くか分からないが、その不確定要素に左右される。

 

と、ここまで考えたら、ウケたネタをパクればウケるわけではないと気付く。

 

パクツイがウケてる場合、その発信の間などタイミングの妙という見習うべきワザを持っていると言わざるを得ないかもしれない。

 

現代では、どの商品やサービスもほとんど差がない、だから吟味しないで選ぶ人も多いと言う。

 

詐欺がこれだけ成立するのも、巷に出回る話の多くがどこかで聞いた話ばかりだからかもしれない。

 

だから、ネタやアイデアを真似をしたりパクるだけで望む結果が得られるほど簡単ではないだろう。

 

そこまで思いが至ると、パクったり真似をすることで上手くいってるやり方には、見習うべきノウハウが隠れているはずだと分かる。

 

松下電器(現パナソニック)が、マネシタ電器と言われていたことを思い出す。

 

 

 

同様に、単純に真似すれば良いというものではない手法は他にもある。

 

 

このことを、付加価値と解釈するならば、昔からある手法で決して新しくはないが、コンサルタントが好むテーマとしては今も旬のものだろう、ビジネス的な解説としては次のようになる。

 

 

しかし、ノウハウとは知ってるだけでは役に立たないので、ついつい次のように考える。

 

 

 

現代の付加価値は、錯覚に宿る。

 

いや、錯覚させること自体が、付加価値になっている。

 

今年の夏から定着した考え方だ。

 

 

 

ビジネスという看板を掲げると、客集めをすることは当然だと思われ、少々見苦しい真似をしても「しょうがないな〜」という感じで済むが、個人の活動で同じことをすると、

 

 

と、小バカにされるが、大同小異だ。

 

 

この違いを生んでいるのは、立場に対する意識の違いだ。

 

逆に考えるとおもしろい。

 

ビジネスの看板背負うと許容される行為を個人がすると嫌われるということは、ビジネスとは虚飾の世界だと本音のどこかで思っているからだろう。

 

虚飾ということは、嘘をつき偽ることだ。

 

ビジネスは金儲けだからしょうがないが、それは個人ではやってはいけないと心のどこかで思っているのだ。

 

 

日本には、未だにこんな話がある。

 

 

私たちの心にブレーキをかけるものの一つに、『立場に対する先入観』があるかもしれない。

 

道徳心がブレーキをかけさせてると思ってることや、善悪で判断してブレーキがかかっていると思ってることの中には、ブレーキがかかるから良いということもたくさんある。

 

しかし、やれるものならやりたい、やらずに済むならやりたくない、と思うことの中には、法律に反するわけでもないのに、勝手にブレーキがかかることが多い。

 

 

 

パクったり真似をすることにネガティブなイメージを持つ人は多い。

 

 

 

今日言いたいことは、「パクれ、真似しろ」と言うことではなく、心にブレーキを掛けさせてる正体に気付く必要があるということ。

 

前に進もうと思った時には、ブレーキを緩める必要がある。

 

われわれは、どうでもいい事に、思った以上に、縛られている!

 

【謎・不思議】『純』な世界!

純は純粋の「純」だと思うのでこんな風に思ってしまう。

 

 

水は元素記号でH2Oと表すが、これは自然界には存在しないとされる。

 

私たちが、飲んだり利用する水道水や、淡水や海水と呼ぶ自然界に存在する水と称する液体は混ざり物だらけなのだ。

 

だから、完全なH2Oは「純水」と呼ばれ、特別な存在となる。

 

純水を目指し、限りなく不純物を取り除いた「水道水以上純水未満」の状態は、超純水と呼ばれてる。

 

名前からすると純水より上のような印象を受けるが、純水より純度が劣るのが超純水だ。

 

 

純水は毒だという都市伝説は、「純」の持つ魔力のせいかもしれない。

 

 

連ツイが続くがおもしろいはなしの連続だ。

 

 

文学の世界には純文学と言われるジャンルがある、私は本は好きだが私が好きなジャンルは推理小説やサスペンスだったりで純文学はその呼び名を知ってるだけで読んだことはないが、今回「純」をテーマにしてるので少し触れたくなる。

 

読書芸人・オードリー若林、純文学への愛語る

「たまにミステリーとかも読むんですけど、“面白いな”とか“巧いな”とか思っても、純文学ほどガッツリこないんですよね。純文学って荒れ球っていうか、たまたま“バチッ!”と当たった時の気持ちよさがものすごいから。あらゆる娯楽の中で、“あっ!”“あるある!”って思う時の共感のインパクトが、純文学って段違いなんですよ。藤沢周さんの『オレンジ・アンド・タール』なんてあまりに共感し過ぎて、“あれ? これ俺が書いたんだっけ?”って思ったくらいで(笑)」

 

この記事にはこうも書いてある。

 

純文学は、「ダメな人の話」が多い。

 

みんなの目には見えてるんだけど、言葉にはなってないものを拾い上げて書いているのが、小説であり純文学だと思うんですよね

 

 

 

純水、純文学と見たが、先入観で持っている「純」の良いイメージと実際の存在感の間にはかなりのギャップがありそうだ。

 

他に世間にはどんな純があるだろうかと考えると、思い出したのが「純喫茶」だ。

 

私の純喫茶のイメージは、2時間ドラマで犯人が利用する場所というものだ。

 

だから、純喫茶を利用するときは、それとなく周りにいる人を見てしまう。

 

純喫茶のイメージが伝わるツイートを紹介しよう。

 

 

 

 

 

チェーン展開のカフェが増えたことで純喫茶は減少しているが、最近はやりの「映えスポット」としても一部で注目されているようだが、純喫茶の純の由来は何なのだろうか?

 

 

どうやら、「純」が生まれる背景には「不純」との棲み分けという意味合いがありそうだ。

 

 

リンク先の記事の説明によると、

 

純喫茶という名称 ~ かつて飲食店という建前で売春営業が流行っていた時代には、このような店は「特殊喫茶」とか「社交喫茶」などと呼ばれていました。売春や性的行為に関係の無い喫茶店は、性風俗を行う喫茶店と区別する必要が生じ、「純喫茶」という名称を表示することがあったようです。

 

 

 

同様に純音楽というものもあったらしい。

 

 

 

今日のテーマは「純」だったが、ずっと純という字を見ていたからだろうか、純という字がおかしなものに見え始めてきた。

 

私はiPadで書いているので字は間違ってないはずなのに、「純という字はこんな字だったのかな?」と見えて来始めている、私の身に何が起きてるかというと、ゲシュタルト崩壊が起きているのだ。

 

これは、例えば同じ漢字を長時間注視しているとその漢字の各部分がバラバラに見え、その漢字が何という文字であったかわからなくなる現象である

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ゲシュタルト崩壊

 

 

 

 

なんだか、純が不純なものに思えてくる。

 

【卓球に見習う】オープンにするということ!

日本の卓球が男女共快進撃を見せている。

 

 

 

目立つのは特定の選手だが、全体が底上げされていることはこの数年感じられる現象だった。

 

次のツイートと記事は平野美宇さんに関する話だが、これは日本人の卓球選手に共通することのようにも思える。

 

 

リンク先の記事にはこう書いてある。

 

4年前から平野を指導してきた中国人コーチ・劉潔(リウ・ジエ)さんが強さの秘密を語った。

 

「彼女は毎回の練習、そして一球一球に対してとても真剣に取り組んでいた。それは目を見れば分かる。技術的な探究心はもっと強くて、分からないところがあれば必ず徹底的に研究する。これは、同じ年ごろの他の選手にはなかなか見られなかったこと」

 

 

もちろん、身体的な資質があることは重要だろうが、その先はきわめてオーソドックスな事が問われるし、そこが最も重要な違いを生むのだ。

 

そんなスポーツ界の流れと逆行するのが日本の産業界だが、スポーツ界の身体的な資質に相当するのが、産業界では「技術的ノウハウ」と言われる。

 

ノウハウと人材の流出が目立つ日本の産業界が衰退するのは、有利さが表面的なものにのみ宿っていたことを示す結果にもなっているように見える。

 

 

 

下町の工場の技術力が日本の高度成長を支えたと言われる。

 

そんな心意気は、今も日本人の心に焼き付いているかもしれない、そんな心意気が描かれているのがドラマ「下町ロケット」なのかもしれないが、そのモデルになったかのような経営者がいる。

 

テレビで見た事がある人も多いだろう、会社の名前は岡野工業。

 

 

しかし、

 

 

大勢の人が働きたいと思う仕事ではないかもしれないが、腕一本で世界を相手にできるのは魅力だと思うが、なぜ後継者がいないのか?

 

 

このオープンにすることを望んでなさそうというのが結構致命的なのではないかと感じる。

 

日本の卓球界がなぜ急速に世界に通用するようになり、世界をリードするようになれたのかと対比させると、「オープン」がキーワードになるかもしれないと気付く。

 

 

 

リンク先にはこう書いてある。

 

中国は

超一流系の選手か、遊びでやっている方か!!??

 

この2極化をした

スポーツだったんです。

 

いろんな中国の方と

話をしていると

 

卓球で生活をする、卓球のプロになる。

 

それができないから

やらない。

 

という

卓球の中国の選手としての競技が、

 

 

お金を持った卓球で英才教育ができる、

超エリートしか基本はできません。

 

 

日本なら卓球といえば

 

誰もが気軽にできるスポーツ!!

 

 

生涯スポーツとしても

注目を浴びてると思います。

 

 

日本の卓球界が世界トップの中国に追いつき、世界をリードできるまでになった背景には「オープン」な環境があることが大きいのかもしれない、それが証拠には若手の注目選手が次から次に出て来ている。

 

ごく少数の特別な人だけが支えているのではなく、下に続く層の厚さが全体を支えていることが感じられる。

 

 

岡野工業に話を戻すと、

 

 

 

お金が人を変えるとよく言うが、

 

 

性格が変わると言われてることの中には、元々持っている性格や特性が時間の経過で弱くなったり、強くなったりと、変化することで印象が変わっただけのものがあるように感じる。

 

元々の性格がどのように変化するかに強く影響を与えるのが、気質や態度が「オープン」か「クローズド」かに関係してるだろう。

 

 

 

 

しかし、生まれつきにも一定の時間の幅がありそうだ。

 

 

たぶん、われわれは思ってる以上に「生まれつき」の要素に縛られている。

 

これは残念なことなのではなく、ちゃんと気付けば、どこに集中すれば良いのかのヒントが見えてくるはずだ。

 

ノウハウは秘密にしたいと考える人が多いようだが、本当のノウハウは知っただけでは役に立たない。

 

ノウハウですらないものを、ノウハウだと有り難がったり、過大評価することが多いのが現代で、ノウハウと称すれば売り買いの対象にされ、時には盗みの対象にもされる。

 

こうして、「オープン」にできない人は、秘密主義、隠蔽主義に陥り、自意識過剰や被害妄想が強くなる。

 

結果、「クローズド」な振る舞いばかりになり、人を寄せ付けなくなる、だから後継者がいなくなる。

 

オープンにしてはいけないこともあるということが厄介な点だが、現代は「クローズド」が行き詰まりの原因になることが多いだろう。

 

 

組織や会社では難しくても、個人だったらハードルは低くなる!

【2018年⇨2019年】paypayは仮想通貨の二の舞いになるか!?

個人的には、2018年を最も代表するのは尾畠春夫さんだ。

 

スーパーボランティアという称号を得たが、尾畠さんは決して目立とうとしてるわけではなく、困ってる人達を見て傍観できずに行動し続けただけなのだ。

 

困っている人のために、、見返りも求めないその行動は、まるで私たちが趣味や遊びに費やすような『内なる力』に突き動かされてのものだ。

 

 

尾畠さんが目指してるものではないだろうが、この言葉を思い出す

 

 

正しい事がしたければ偉くなれ!

 

 

尾畠さんは、いつも一人で行動する。

 

だから、自分の気持ち一つで行動できる。

 

厄介なのは組織で行動する場合だ、だから偉くならなければならなくなる。

 

これに失敗したのが2018年の貴乃花だ。

 

2017年の後半から始まった貴乃花の行動は正しい(と思う)ことをやるためのものだったのだろうが、ものの見事に大失敗し、公私にわたり全てをリセットする事を余儀なくされた。

 

もしかしたら、正しい事がやりたかったのではなく、何でもいいからただ壊したかったのかもしれないとすら思えるほどのジェットコースター人生だ。

 

2017年、貴乃花が行動を起こした頃、世間は仮想通貨に大盛り上がりだったが、2018年になると仮想通貨も正しい事が出来ないままに価値も評価も暴落した、貴乃花同様に本当はただ混乱させる事だけが目的だったのではないかと思えるほどだった。

 

2018年も終わりに近づいて、昨年の仮想通貨を思い出せるような盛り上がりを見せたのがpaypayだ。

 

 

世間では第2段、第3段を待ち望む声も多いし、これぞ景気浮揚の切り札だなどと煽ってる知識人も多い。

 

しかし、これを見るとなんだか二の舞いを予感する。

 

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儲けたいという気持ちが仮想通貨に走らせ、「取らぬ狸の皮算用」で終わったように、得したいという気持ちがpaypayに走らせてるようだが、「タダほど高いものはない」という言葉があることを忘れてはいけない。

 

 

 

 

 

2019年はどんな年になるのだろうか?

 

「ほ〜ら、言わんこっちゃあない!」となるだろうか?

 

それとも、

 

「あ〜あ、やっとけば良かった!」となるだろうか?

 

今から楽しみだ。

【2018年】話題の人TOP5を見て感じること!

昨日のエントリーを書きながらわかったことが、2018年のGoogleが発表した日本人で最も検索されたTOP5が、

 

一位  山口達也(ゴシップ&スキャンダル)

 

二位  大杉漣(訃報)

 

三位   吉澤ひとみ(ゴシップ&スキャンダル)

 

四位  大谷翔平(大活躍)

 

五位  西城秀樹(訃報)

 

だという事。

 

今日は、この5人に焦点を当ててみたい。

 

 

この5人の中で私が一番違和感を感じたのは大杉漣さんだ。

 

失礼ながら、有名人ではあるし突然の訃報なので大きな反響があるのは当然だとしても、ここまでとは思っていなかった。

 

 

どこがそんなに魅力だったのだろうか?

 

いろいろ検索し、これに尽きるかなと思えるツイートがあった。

 

 

 

Google Trendsで検索可能な2004年以降で大杉漣さんを見ると2018年のインパクトが大き過ぎるので、2017年までで見ると、

 

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直近の大きな山は2017年の年明けに起きていて、この時何があったかというと、

 

2017年1月2日に日本テレビ系で放送された『新春ぐるナイ!ゴチ新メンバー超大物2名発表SP!』にて、人気コーナー「グルメチキンレース・ゴチになります!18」にレギュラー出演することが発表され、地上波バラエティ番組における初レギュラーが決定した]。2017年8月24日放送回では自身初のピタリ賞100万円を獲得し、同年9月7日放送分でもピタリ賞で1位。ゴチ史上初の2週連続ピタリ賞獲得の偉業を成し遂げた。「ゴチ」メンバーに同時加入した渡辺直美からは「れんれん」と呼ばれた。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/大杉漣

 

 

 

役者としては強面の役どころが多かった大杉漣さんは決してお茶の間で愛されるキャラクターではなかったように思われていたような気がするが、「ゴチ」のメンバーに選ばれたことでお茶の間での愛されキャラの仲間入りを果たし、ファンが大きく増えたのだろうと感じられる。

 

大杉漣さんの死を巡っては都市伝説のような話もある。

 

こういうところも、忘れ去られない理由の一つになっているかもしれない。

 

 

ところでGoogle Trendsを見てると気付くことがある。

 

2018年のTOP5の5人を検索可能な2004年以降で見ると、

 

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5人とも今年2018年のインパクトが大き過ぎて推移がよく分からない。

 

では、2018年1月1日以降で見ると、

 

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訃報やゴシップ&スキャンダルは瞬間風速は高いが収束するのは早いことが分かる。

 

それに対し、大谷翔平さんのように大活躍が評価される方の場合は、コンスタントに話題が継続してることが感じられる。

 

では、2017年までだとグラフはどう変わるだろうか?

 

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大谷翔平さんの活躍と話題がコンスタントだと分かる、唯一の切れ目が発生してるのが2013年の秋から2014年の早春まで。

 

2012年の夏以降、高校野球で注目され、ドラフトの目玉になり、日本ハムに入団し、2013年のプロデビューでも活躍し、その後のシーズンオフの間だけ大きな話題が無かっただけで、2014年のシーズンも活躍するとその後は人気も話題も定着しずっとコンスタントに上昇してることが分かる。

 

2017年までのグラフでは山口達也さんの盛り上がりも気になるが、これは2016年の8月で、この時山口達也さんは離婚が報じられている、この頃から話題になるのはスキャンダルという体質が身に付いていたことが感じられる。

 

バズることは良しとされるのが昨今の風潮だが、訃報やスキャンダル&ゴシップでバズっても残念な感じしか残らない。

 

ましてや、吉澤ひとみに至ってはもはや犯罪だし。

 

個人的には一番思い入れがあるのは西城秀樹さんだが、訃報以外では21世紀に入ってからは話題になるのは病気に関することが多かった。

 

目指すべきは健康で大活躍だ。

 

出来ることなら大谷翔平をお手本にしたいものだが、むしろ活躍はほどほどで十分だろうという気がしてくる。

【2018年】Googleの検索ランキング!

Googleが2018年の1月1日〜12月1日までの検索数の上位のキーワードを発表した。

 

今日はその内容をまとめるような話を書いてみたいが、その前に、そもそも検索するのはどんな時かを調べてみた。

 

日々多くの検索が行われているが、全く検索しない人というのもかなりいるという話を聞いたことがある。

 

 

 

若い世代に増加中! GoogleよりSNSで検索する人たち

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「知識を手に入れるための知識」がない人にとって、Google検索はあまりにも難しい。

必要となるのは「事前知識」と「高いリテラシー(literacy, 読み書き能力)」と思われます。

 

この記事の中で引用されてるツイートが次のものだ。

 

 

 

つまり、検索というのは平凡な日常の中ではかなり偏りがあると思われるが、検索数が上位に来るものは「期間限定の話題」や「突然生じた事件事故」など、事前知識やリテラシーと関係なく大勢の人々が興味や関心を持つテーマなのではないかという仮説が立つ気がする。

 

 

前置きはこの辺にして肝心のデータを見てみよう。

 

 

検索で振り返る2018年の日本   Google Trends      

 

9つのジャンルに分け、それぞれのtop10が以下だ。

 

・急上昇ランキング(総合で最も検索数が多かったキーワード

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・話題の人(総合)

 

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・話題の人(男性)

 

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・話題の人(女性)

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・平成

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・〇〇とは

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・〇〇仕組み

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・ドラマ

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・映画

 

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W杯やオリンピックのようにいずれは巡ってくる期間限定のイベントを除くと、災害や事件事故そして訃報やゴシップが圧倒的に多いのは、突然発生するアンチ予定調和だからと言えるだろう。

 

私がGoogleTrendsの存在を知ったのは今年の春。

 

こうやってデータと付き合わせると今年の漢字が『災』がふさわしいとよく分かる。

 

 

また、公開されてるデータの中には都道府県別のランキングがあるが、ここにはその地域性やご当地性が反映されているはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

検索するという行為は、意外とハードルが高いということを教えてくれるツイートがあった。

 

 

個人的に刺さるツイートだった。

 

私は昔オートバイの改造をする中でウェーブワッシャーの存在を知ったが、当時の改造オタク仲間の中でもウェーブワッシャーを知ってる者はごく少数だった。

 

最近、薬を始め商品名がマンガチックになってるのは、誰でも検索できることを狙っているからだと改めて気付く。

 

専門用語や難解な言葉は、岐路に立っているのかもしれないとも感じるし、どうにも埋めようもない「言葉(検索キーワード)格差」みたいなものも既に生じているんだろうなと気付く。

 

検索なんて誰でもできると思われてるが、思っているよりもハードルが高いので、この能力は磨いた方が良いだろう。

【燃(萌)える】法律の上で踊る現代人?!

日産のゴーンさん問題や、ファーウェイをめぐる問題に、新時代の戦争を感じる。

 

武力行使の戦争が、国家対国家から地域紛争制圧や対テロという正義を大義名分に行われていたが、その戦争が武力行使ではなく、法律を駆使するという方法で行われ始めたように感じる。

 

日本が高度経済成長してる頃、当時の日本人は世界からエコノミックアニマルと呼ばれ、なりふり構わず儲けを追求していた、その様は経済戦争と言われていて、ビジネスというゲームでお金の取り合いを競っていた。

 

歴史を振り返ると、殺し合いの戦争でも一定のルールらしきものがあったことが分かるが、第二次大戦後の戦いは戦争を含め当事者がどこまで納得できているかは別にして全てルールに基づいている。

 

ルールは、法律と言われている。

 

全ての戦いは、ルールや法律に基づいて展開され、時としてルールや法律を巡っても展開される。

 

日産自動車のゴーンさんの問題は、日産自動車の社(車)内問題だったはずが、その取り上げ方を巡り日本の国内問題化し、挙げ句に日本とフランスの国益を巡る国際問題へと戦いの舞台が拡大している。

 

仕掛けたのは日本だ。

 

日本にいると、日本(=日産自動車)が正しいという意見が多いのだが、そうではない意見もあるということは知っておく必要がある。

 

 

サウジアラビアで起きていることとはこのことを指しているのだろう。

 

 

ゴーンさんが、カネに強欲な人だったことは間違いないかもしれないが、ゴーンさんへの非難が日に日にトーンダウンするように感じるのは私だけではないはずだ。

 

フランスではこの問題も含めてマクロン政権が揺れているが、本当に大騒動なのかよく分からない。

 

 

報道を含め、どういう情報をキャッチするかで意識が大きく変化するということがよく分かる。

 

 

もう一つ、ゴーンさんと同じ目にあったように見えるのが、

 

 

 

ゴーンさんの場合と同じく、ツッコミどころのある行動を取っていたことは事実のようで、そこは法律の出番となる。

 

 

ところでこの事件は、ドラマや映画でよく見るとりあえず軽微な違反で別件逮捕して身柄を確保するというシーンを思い出させる。

 

では、狙う本丸はどこにあるのか?

 

 

 

軍事ジャーナリストの眼にはファーウェイを巡る一連の流れは、

 

米国は他のアングロサクソン4ヵ国と協力し、世界のサイバー覇権を握ってきた。だが中国の華為や中興通訊(ZTE)が進めつつある「5G」(第5世代)の移動通信システムは、通信速度が現在のものの100倍、容量は1000倍にもなるといわれる。

その実用化では中国が米国に先行しそうな形勢で、米国のサイバー覇権を経済でも情報面でも揺るがしかねない。

 

 

と見えていて、もはや軍事問題化しているのだ。

 

しかし、仕掛けたアメリカ本国のアメリカ人はよく分かっていなさそう。

 

ファーウェイCFO逮捕、アメリカ人の多くは関心なし ── なぜアメリカでは知名度が低いのか?

 

 

アメリカの強みは、軍事力の強みだけでなく、莫大な消費を行うことでの消費力の強さが持つ発言力だと言えるが、現在の中国は富裕層と中間層で4億人いるとも言われ残りの10億人以上は貧困だとしても、すでに国内市場だけでもアメリカの規模に迫っていることで、アメリカの対抗勢力としてアメリカに頼ることなく独立性を持てる程度の地力をつけていると言える。

 

特に新興国や発展途上国の通信事業に関しては、アメリカやその取り巻き国が排除しても、他にいくらでも活路が見出せるはずだ。

 

 

現代のように、拠り所を法律にして展開される戦いには、不明瞭なことが付きまとうところが如何にも人間の営みだと感じる。

 

日本国内のドメスティックなことにも当てはまることが多いだろう、その一つを紹介する。

 

 

リンク先の記事にはこう書いてある。

 

漁協は密漁の被害者なのに、取材に応じてくれない。ということは、密漁をきっかけに目が向いたら困ることがあるんです。被害者が一番触れてほしくない事実があるんだなって。それはみんな知らないはずですよね。

 

長年続いている仕組みやシステムと、新しく生まれたり参入してくる仕組みやシステムの間には葛藤が生まれるのは避けられないが、法律自体が長年続いた仕組みやシステム的な側面があるので、新しいものに厳しく立ちはだかる。

 

法律を作ることを立法というが、これは議会で行われることだ。

 

今更ながら、政治と生活が密接に関係してると分かる。

 

燃えるような社会問題も、萌えるような話題も、すべて法律の上で踊っている!

 

しかし、おそらく法律は周回遅れになりつつあるであろうことをこの話題に感じた。