違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

継続は力なり

似たような意味を感じる『平等、公平、公正』ということばがある。

 

Wikipediaを見ると平等は概念的な存在に近いということがわかる。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/公平

例えば、3個のリンゴを3人で分けるとき、1人1個ずつなら平等かというと、リンゴの大小や味などの要素があり、厳密には異なる。大きさについては、歳の順で年少からあるいは年長から大きいものをとっていくなどという決め方も考えられるが、味のほうは外見ではわからないので、結果が平等とは限らない。

 

もう1つの似たような存在である公正とは。

 

【追記あり】「平等」と「公正」の大きな違いが1秒で納得できる画像

Equalityが平等、Equityが公正を表しています。

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受験は平等であるとよく言われるし、私も思っている。

 

そういう時に自然と思っていることは、「合格点に達していれば不合格にはならないから」ということだ。

 

たとえ裏口入学があったとしても、合格点に達していれば合格できるはずだからと。

 

しかし、成績に影響を与える要素は千差万別で、決して平等ではない。

 

だから、受験の場合に使われる平等ということばは、「機会の平等、結果の不平等」という使われ方をする。

 

 

最近この受験と同じような意味合いで使われるのが投資だ。

 

会社に所属し、社員(アルバイトその他も含む)として働くことが、お金の稼ぎ方として効率が悪いし、ワーク・ライフ・バランスも悪すぎるので、その正反対の儲け方として投資が注目されている。

 

何にどう投資するかはともかく、投資に魅力を感じる人達は、そこが平等な世界だと考えるからのようだ。

 

受験にエントリーするのは合格が目的。

 

投資にエントリーするのは儲かることが目的。

 

受験を巡る話が奥深い話にならないのは、日本の特徴で、合格は目的でありゴールという人が多いから。

 

そういう人達には見えないのが、合格は目的ではあったが、同時に新たなスタートでもあると捉えてる人達の存在だ。(若干の後悔を感じる)

 

 

 

 

 

 

 

 

投資に魅力を感じる人達は、門戸は誰にでも平等に開かれ、適用されるゲームのルールも全く同じで平等であるという点に魅力を感じてる。

 

 

 

 

 

投資が魅力あるのは「複利」で、金が金を生み出す構造にあるようだ。

 

 

 

ヒット商品を作るには、気持ちの持続が大切ということばがある。

ヒット商品をつくる秘訣なんてない。ただいえることは、ある種の能力があって、ひたすら目的に向かってそればかり考え続けておれば、いつか花がひらくときがくる。気持ちを持続しておくことが大切。

(山内溥/元任天堂社長)

http://tabi-labo.com/274536/japanese-quote-02

 

この話を読んでどこに注目するだろうか?

 

”ある種の能力”に過剰反応すればガッカリするかもしれない。

 

 

ギャンブルの世界には、勝つための極意として、『勝つまで続ける』という考え方がある。

 

つまり、負ける人は、続かないから負けるということだ。

 

ヒット商品を作るために持続させなければいけないのは「気持ち」で、一種の根性論と捉えられればできそうな気はするが、そのためにはヒット商品の研究を持続できる特殊な環境が必要になる。

 

それは平等な世界ではない。

 

一方、投資がバクチならば、投資はギャンブルでもある。

 

続けるためには、資金の持続が必要になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、堂々巡りの議論になり、そもそも論として”平等とはなんぞや”となり、哲学の問題になっていく。

 

しかし、今日のエントリーを書いていて一つ再発見できたことがある。

 

ヒット商品や投資で成功したいならば、『続ける』ということが大事になるということだ。

 

 

”継続は力なり”というのは、最近の流行り言葉の「生産性」に逆行するような気もする所が温故知新を感じさせておもしろい。

 

 

 

今日こんなことを書いてみようと思ったのは下記を見たから。

 

 

 

 

我々は、正しい判断をしたいと思うし、その根底には平等を望む気持ちがある。

 

しかし、実際には凄く偏った考えを持つのは、単純なように見えて複雑な感情を持ちながら生きているからだろうし、平等というのが実現困難だからかもしれない。

 

そんな不平等を覆すのは、全体主義的な取り組みではなく、個人的な”続ける”ということにあるのかもしれない。

 

インフルエンサーはどこに向かう

”男と女はメビウスの輪(帯)“だと、東野圭吾は著書『片思い』の中で表現している。

 

”男らしい“や”女らしい“は、凄く限定的な見方で、実際には男の中にも女性性があり、女の中にも男性性があるし、その度合いは人さまざまでグラデーションを描くようなものかもしれないと表現している。

 

このように考えると、男も女も色んな考え方や振る舞い方があっても少しも不思議ではない。

 

しかし古来、男はこうあるべし、女はこうあるべし、的な考えに束縛され続けてきた、特に日本は。

 

表面的な自由が拡大した現在、プライベートな行動は本当に多様化している。

 

雨上がり宮迫がストーカー被害の恐怖を激白 その内容に「怖すぎる」と悲鳴も

しらべぇ編集部が全国の20~60代の男女1,376名を対象に「ストーカー被害」について調査を実施した結果、全体で約1割にあたる人が「経験あり」と回答した。

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「筋肉は最高のアクセサリー」 筋肉ギャルモデル・ゆんころさんのトレーニング方法

将来は渋谷のギャルに筋トレを流行らせたいという夢を持つゆんころさん。

 

 

化粧をする男性の心理とは

男性で化粧をしている人は、キレイでいたい、若いままでいたい、など女性ならよく理解できる心理を持っています。

 

 

男がするものだと思ってること女がしたり、女がするものだと思われてたことを男がするということが増えている。

 

多様化を示す現象と捉えられたり、ユニセックス化や男の草食化と言われたりするが、これらの現象は全て社会から受ける影響が変化してることを示している。

 

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/社会的影響

社会的影響(しゃかいてきえいきょう)とは、個人間や集団間において、一方が他方の行動、態度、感情などを変化させること。

 

社会的影響は、その社会の中心にいるほど受けやすく、外縁部にいるほど受けにくい。

 

 

インターネットが普及するまで、多くの情報は社会の中心から一方通行でマスコミを通じて発信されていた。

 

 

戦後”一億総貧乏”を経て、高度経済成長時代が”一億総中流”を実現し、常に日本には大きな社会の中心が存在していた。

 

だから”寄らば大樹の陰”が最も賢い選択として成立していた。

 

そしてバブル経済崩壊後の景気低迷が招いた成熟時代を迎えて、徐々に社会の中心が小さくなり、その外縁部が大きくなっていった。

 

どこで誰と知り合うか予測できなくなっている。

 

しかし、そのことの重要さに多くの人がまだ気付いてないかもしれない。

 

インターネットやSNSなどで表面的な流行が変化してるだけと捉えて、深く考えていないかもしれない。

 

社会の中心が大きい時代には、無意識のうちに同調行動を取り、同調行動を取らない者が外縁部に追いやられていた。

 

しかし、社会の中心の縮小が徐々に進み、外縁部にシフトしたり、押しやられてる人がぞくぞく増えてるが、社会の中心の縮小は景気の低迷や成長率の鈍化のせいで社会全体に及んでいて自分は相変わらず社会の中心にいると思い続けていて、実は自分は外縁部にいるということを自覚できてない人は意外と多そうだ。

 

社会の外縁部にいる人は、同調行動に活路を見出すことはできない。

 

 

社会的影響は、その社会の中心にいるほど受けやすく、外縁部にいるほど受けにくい。

 

 

この場合の社会的影響には社会から受ける恩恵も含まれる。

 

社会の外縁部に属する人が増えることは低所得化にも繋がったが、デフレ経済とネット経由での情報取得や一部のエンタメはフリー(無料)化で楽しめるので、自己マネジメントができれば生活は成り立つようになった。

 

インターネットの普及は、双方向の情報のやり取りを可能にし、社会の外縁部から発せられる情報が増え始めた。

 

社会の外縁部が拡大するに連れて顕著になってきたのがポピュリズムと言われる現象だ。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/ポピュリズム

一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して、大衆の支持のもとに既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとする政治思想、または政治姿勢のことである。日本語では大衆主義や人民主義などのほか、否定的な意味を込めて衆愚政治や大衆迎合主義などとも訳されている。

 

現在ポピュリズムと括られてる現象は、実際には少し違っていて、社会の中心から発せられる情報(政治的なメッセージや大企業のメッセージ)を拠り所にできないという想いから生まれてるものがあり、そのことは別の拠り所を求める動きを示しているのかもしれない。

 

つまり、迷える子羊になるということだ。

 

自分が何をしたいか?

 

自分がどうありたいか?

 

よりも、

 

他人から自分がどう見えるか?

 

他人はどう考えているのか?

 

が関心事になる。

 

「他人」の部分は、具体的な誰かを意味することもあるが、人が拠り所になっているということを示している。

 

 

そんな新しい拠り所になっている他人は、個人で雄弁に情報を発する人達で、その発する言葉や行動が人を惹き付けているのだ。

 

そういう人達はインフルエンサーと言われている。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/インフルエンサー

インフルエンサーinfluencer)は、世間に与える影響力が大きい行動を行う人物のこと。

 

現在では、SNSでフォロワーの数が多いことがインフルエンサーの条件として定着しつつある。

 

アイドルや芸能人のファンが追っかけをすることとストーカーの行動の違いに差がなくなっているし、アイドルや芸能人とフォロワーの多い人の違いも差がなくなっている。

 

インターネットの普及は人と人の出会いのハードルを下げ、SNSの普及が知らない者同士の日常会話でのコミュニケーションを可能にした。

 

実際には顔見知りではない人にリアリティを感じ、共感しあったりを、誰でも出来るようになったことは改めて考えると不思議であるとともに、このことを上手に活用できるかどうかで凄く大きな差が付くだろう。

 

このことは諸刃の剣であるのでリテラシーが問われ、冒頭で引用した多様化するストーカーにも繋がる。

 

追跡“サイバーストーカー”の闇  :NHKクローズアップ現代

新手のサイバーストーカーは、ツイッターなどのSNSを通じて、無数につながる人どうしで起きることが特徴です。

 

 

いろいろな分野でフォロワーが多いということが新たなヒエラルキーを築き始めている。

 

現在フォロワーが多い人達は、著名人や有名人以外では、インターネットやSNSが普及の手探りをしてる頃の先駆者的な取り組みをしてた人達が多い、彼ら彼女らの行動は多くの人の道標になったからだ。

 

私にとってのインフルエンサーで、フォロワーが多い人を上げると、

 

池田信夫さん(289,640人)

 

佐々木俊尚さん(794,743人)

 

田端信太郎さん(122,823人)

 

ちきりんさん(235,277人)

 

山本一郎さん(115,138人)

 

(並びはあいうえお順でフォロワー数は2017年12月10日現在)

 

 

 

 

現在、フォロワーが多いということは広告宣伝の一つとして評価されている。

 

『良いものが売れるのではなく、売れるものが良いものだ』という考え方が今では一般的だが、この考え方ではフォロワーの数をテレビの視聴率と同じように単純に数字が大きいことを評価する。

 

ただ繋がってるだけだと意味が無くて、繋がり方や関係性が重要になる。

 

インスタグラマー「自動フォロー業者」が告白する“グロースハック”の実態

「美容院や飲食店はホットペッパーから集客していたが、掲載料が高い。そういうプラットフォームよりも、個々がSNSから集客するようになった。脱リクルートがある」

 

 

 

現在、インフルエンサーと言われる人達が影響力を発揮できるのは、タイムライン上を流れる膨大な情報の取捨選択の巧みさにある。

 

つまり、起きたことを如何に早く確実に把握し、それをすぐに発信できる点で優れているから価値がある。

 

これは、事情通が特ダネを掴むという従来型の価値でもあるし、なんてことない情報を特ダネに仕立てるセンスでもある。

 

インフルエンサーは、事情通であると同時に優れた洞察力を持ってるだろうが、これからはより洞察力に重きがシフトする。

 

そうなると事情通であることが障害になることが出てくるかもしれない。

 

おそらくこれから2〜3年でフォロワーが多い人が質的に従来と違ってくるだろう、より洞察力が問われるようになり、インフルエンサーの顔ぶれが変わりだすだろう。

 

『売れるものが良いもの』から『良いもの(だけ)が売れる』に向かうならば。

 

言い訳のテクニックが向上してるからリテラシーを磨く必要がある

カタログなどを見てると目にする、「製品の仕様は予告なく変更することがあります」という表示がある。

 

表現の違いは若干あっても同じような表現を目にしたことがある人は多いだろう。

 

私を含め、多くの人はその意味を深く考えたことが無いだろう。

 

強いていうならば、気になるなら買う時に確認すれば良いだろう程度の認識だ。

 

そこには、変更は改良だろうという暗黙の信頼(過信?)が成立してるからかもしれない。

 

厳密に言うと変化してるけど、その変化はわかりません(使い勝手に変わりはありません)という意味で使っているように感じていたのでマイナス要素が潜んでいるようには感じなかった。

 

 

今、予告なく仕様が変更されることに新しい意味が追加され、それを『サイレントチェンジ』と呼ぶようだ。

 

しかし、一見同じに見えるこの2つのタイプの変更には大きな違いがある。

 

「予告なく仕様を変更することがあります」には、明確な意図があり、事態はきちんと把握されてるが、サイレントチェンジは明確な意図はあるのだが、その意図が隠されているのだ。

 

ことばだとわかりづらいので図を引用すると、

 

「『サイレントチェンジ』被害を防ぐために」(視点・論点) 2017年12月05日

そもそもサイレントチェンジとはどんなことなのでしょうか?サイレントチェンジとは、製造メーカが知らない間に部品や素材を発注している二次や三次サプライヤーなどの取引先の企業により、許可なく、いつの間にか、静かに、材料の組成や材質などが変えられてしまうことです。それが事故につながるから恐ろしいのです。

 

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値段が高い商品には有名なブランドが付いていて、それが信頼を意味していたが、これからはそうとはいえないようだ。

 

上記のNHKの番組の中では、サイレントチェンジを起こさせないためには、グローバル化の反対の、かつての日本企業お得意の下請けの系列化のようなことが上げられていたことが皮肉な現実だ。

 

事例の一つとして取り上げられているACアダプタは、2015年に日経ビジネスでも取り上げている。

 

皮肉はもう一点あり、従来の構造では、一番弱いところが火元になることで、力関係で一番弱い企業による逆襲でもあり、通販全盛時代の配送業者とダブる。

 

 

サイレントチェンジは、モノだけではない。

 

「本規約は事前予告なく変更されます」 こう宣言すれば「一方的な規約変更」もOK?

通信販売やネットバンキング、旅行の予約など、インターネット上で様々な手続きや買い物ができる便利な時代となった。

そうしたサービスを利用する際、必ず求められるのが「利用規約への同意」だ。読み飛ばす人がほとんどだろうが、よく読んでみると気になる一文が目に止まることもある。たとえば「本規約は、事前の予告なしに変更されることがあります」という表記だ。

 

この話題は、弁護士サイトで取り上げていたもので、弁護士的には「No」と言いたそうだが実際にはグレーのようで、ケースバイケースとなりそうだ。

 

このような予防線(言い訳?)が張られるようになったのは、1995年に施行された製造物責任法(PL法)以降のような気がする。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/製造物責任法

製造業者等は、引き渡した製造物欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害賠償をする責めに任ずる。ただし、欠陥の存在、欠陥と損害との間の因果関係については、被害者側に証明責任があり、加害者側である製造者等に証明責任を転換する立法はされていないことに注意が必要である。

 

被害者側に立証責任が課されているため、”予告なく仕様を変更することがあります”ということばで逃げられると考えていることが伺える。

 

これらの問題は、動機はコスト削減による原価低減が目的だろうが、実行させてしまうのはコミュニケーションが不足する、もしくはコミュニケーションがすれ違っているからだろうことが想像できる。

 

これからの時代は、弱者であるほど被害にあってはいけない。

 

被害者が弱者であるならば、ほぼ確実に守ってもらえないからだ。

 

エンドユーザーを保護する仕組みはいくつもあるが、建前上のものだと考えていたほうが良い。

 

 

そして、被害の多くがコミュニケーションに起因して起きる。

 

被害に合わないためには、正論で武装しても意味がない。

 

問われるのはリテラシーだ。

 

リソースの有効活用

先日、働き方に関してグーグルの先進性を示す記事が出て話題になっていた。

 

グーグル社員が「労働時間」を問われない理由 —— 「時間で管理は愚かな考え方」だ

人が集中して何かに取り組んでいる状態のことを「フロー状態」と言いますが、ある研究によると、ホワイトカラーの人は一日8時間の勤務時間のうち、「30分」しかフロー状態にないそうです。

 

しかし、それを「90分」にするだけで、生産性は3倍になる。大切なのは労働時間ではなくて、このほんとうに生産性の高い「フロー状態にいる時間」をできるだけ長くすることなんです。

 

 

そんなグーグルが”企業のマネジメント”に関して、従来取り入れていたMBA型マネジメントを変更しトヨタ自動車を参考にし舵の切り直しを図っているという次回記事の予告が日経テクノロジーオンライン通信のメールに書かれていた。

 

 

トヨタ流のマネジメントは『トヨタ生産方式(TPS)』と呼ばれ”生産”と付くため工場などの生産現場向けのものだと思われがちだが、現在ではトヨタ社内では「トータルTPS 」と呼ばれ、生産方式というよりも経営思想を示すものになっているようだ。

 

日本企業が知らないトヨタ生産方式の本質---改善と成長が続く理由
豊田エンジニアリングCEOの堀切俊雄氏に聞く 2016/03/26

 見える化は、とても大切な仕掛けです。見える化するかしないかで、成果の大きさは全く違うものとなります。見える化することで初めてPDCAのサイクルを回すことができる、すなわち改善を着実に進めることができるからです。

 

2000年台初頭コスト削減がキーワードになり始めた頃、電気代を削減するために、使用電力を計測するモニター装置を導入することを「電気の見える化」と呼び始めたことがきっかけで社会に広まった「見える化」は、今では見えないものを見えるようにすること全般に用いられる言葉になった。

 

トヨタの「トータルTPS」では、働く人のやる気や意欲の見える化も狙っている。

 

グーグルの取り組みは先進的に思えるが、どこかに足りないところがあるからトヨタを見習おうとしてるのかもしれない。

 

機械化、自動化が進んでる現在でも、まだ100%ではないので、どこかに人手が必要になる。

 

その人手が必要な領域に携わる人は、真面目にやってるはずなのに、やる気や意欲の違いが生産性に関係するのが面白い。

 

システムの弱点をボトルネックと呼ぶ。

 

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https://ja.wikipedia.org/wiki/ボトルネック

 

 

機械化、自動化されたシステムでは、人が介在する所がボトルネックになるであろうことは容易に想像がつく。

 

人間を一言で定義するならば「リソースが少ない、小さい」だろう。

 

スポーツでフォームが大切になるのも体力という少ないリソースを有効活用するためだし、自転車や車など操縦するものの場合、体に合わせてポジションを整えるのも体力や知力という少ないリソースを有効活用するためだ。

 

グローバル化し、機械化し、自動化が進んだ現在、人間はその恩恵を受ける中で、自分を有効活用することを怠ってきたのかもしれない。

 

人間が、自分を有効活用したいと思ったら、頭と体を使うしかない。

 

一部でスポーツが流行ってるのも、筋トレやランニングや登山、はたまた過酷なフルマラソンやトライアスロンなどを行う人が増えてるのは、一種の原点回帰かもしれない。

 

 

おそらく原点回帰で有効活用という発想が必要になるのは人だけでなく社会もだろう。

 

地球環境や資源が有限であることを思い知らされてる現代人には、少ないリソースの有効活用という考え方が重要になる。

 

しかし技術の開発の名の下に無理を通そうとする、あるいは時代錯誤な発想に囚われる時は、地球は無限だという間違った前提に立ってることもある。

 

「リニアモーターカー」開業すれば大赤字必至で新幹線と一緒に共倒れ!?

 

 

今日、こんなことを書いてみようと思ったのは昨日見たこの記事がきっかけ。

 

JAL、超音速機開発で米社と提携、20年代の実現目指す

BOOMが開発中の超音速旅客機は、洋上の巡航速度がマッハ2.2(時速換算2335キロ)と、現在の航空機の約2.6倍の速さで、航続距離は8334キロ、座席数はビジネスクラスで45-55席を計画。JALは航空会社として、仕様策定などのサポートやプロモーションに協力し、将来の優先発注権を20機分持つ。

 

イギリスとフランスが共同開発した超音速旅客機コンコルドが、なぜ商業的に失敗したのかを忘れているのか、あるいはアメリカや日本や中国の超富裕層を相手にしたニッチビジネスに勝機を感じているかだろう。

 

いづれにしても、発想のどこにもリソースの有効活用はなさそうだ。

今、起きてること

「勤務先はIT(関連含む)企業です」、こんな会話が違和感無くなったのはいつ頃からだろうか?

 

日本で、IT(=Information technology)ということばが認知されだしたのは、インターネット・バブルがきっかけだろう。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/インターネット・バブル

日本では、1999年2月から2000年11月までの景気拡張期を、景気の名称(通称)で、「ITバブル」の他に、「IT景気」や「ITブーム」などと呼ばれる。

 

 

 

当初は専門性の高い業務に対して使われていた言葉だし、最先端を意味することばでもあったが、今では何らかのネット接続されたデジタルデバイスを業務で用いていればIT関連と言ってれば当たらずとも遠からずとなる、そんな時代になっている。

 

ITの登場から普及のプロセスをリアルタイムで経験していたのだが振り返って全体像に思いを馳せると、一気に進んだように感じていた変化は、実は緩やかなものだったのかもしれない。

 

そんな変化を外から眺めるだけで、普及したら取り入れるという接し方を続けていると、いろいろな意味で実力に差がつきだした時期だった気がする。

 

その実力の差自体も変質化し、実力があるというのは従来はインプットが多いことを意味していたが、徐々にアウトプット重視にシフトした。

 

シフトしていたことは後から気付くことで、真っ只中にいるとアウトプットを行っていた人達は、流行りに飛びついてる人にしか当時は見えてなかった。

 

アウトプットが重要になると、組織やチームとしての行動でも、そのセンスや才能が個人に帰属するものであることが再認識させられる。

 

個人のセンスや才能に帰属するアウトプットはコンテンツと呼ばれるが、マネタイズを優先する場合そのコンテンツの帰属を権利で組織に移転させるような契約が行われる。

 

マネタイズが目的である場合は、権利が強みを持つが、そのことはエンドユーザーには全く関係がないので、エンドユーザーの中では、コンテンツを産み出した個人のセンスや才能が評価されるようになる。

 

マネタイズが第一の目的の場合、組織と所属する個人は一体のようでいて対立関係でもあるので主従関係ができる。

 

マネタイズが目的になると、大事なことは儲かるということになる。

 

今、ここに変化が起きているかもしれない。

 

儲かろうとするだけでは儲からない時代に移っていることに多くの人が気付きだしている。

 

日本の中で起きている変化に目を向けると、コンテンツの世界では、好きになってもらわなければ何も始まらないということを意識しだした。

 

「立ち読みしたら2時間くらいかかるものを作りたい」ギター・マガジンが超マニアックな特集を連発するワケ

ギター・マガジンは「音が聴こえる雑誌」にしたい

 

僕らも楽器を買ってもらいたいし、楽器を弾いてもらいたい。本はもちろん買ってほしいですけど(笑)

 

 

 

情報やコンテンツにはメッセージが必要になる。

 

そんなメッセージは、心があるから生まれる。

 

 

SNSの普及でブログやメルマガの役割が変わった 2016/11/18

「数年前と現代の状況は、ずいぶん変わった」っていうこと。

僕たちは毎日のようにアップデートされる世界に住んでいます。

だからその環境に対応して僕たちもアップデートしていかなければ、使い物にならなくなるか、効率がものすごく悪くなります。

さらにアップデートの間隔はどんどん短くなっている。

 

 

絶え間なくアップデートしている環境に対応するため、僕たち自身もアッップデートしましょう。

 

いずれにせよ、毎日僕たちは初心者なのですから、今からスタートしても遅くないんです。

 

 

 

絶えずアップデートを余儀なくされるようになると、常に初心忘るべからずとなる。

 

つまり、自分のことをベテランだと思い始めたら危険だ。

 

 

個人ブログの役割とは「公的なモノ」を「私的なモノ」に翻訳すること

「分かりやすく書かれた誰かの意見」を鵜呑みにすることは危険なので、個人ブログと、ニュースや学術論文との違いを理解する「情報リテラシー」が大切だと思う。

 

真実は何かということは大事だが、真実はいつも同じ顔をしてるわけではない。

 

自分に都合が良いように解釈することは、油断すると誰にでもあるので注意が必要になる。

 

時代の変化は、新しいものをもたらすことが多いが、その陰で消えそうになるものもある。

 

滞日27年、詩人アーサー・ビナード氏の「直感」 「日本語は消滅に向かっている」

ここは日本なのに、なぜあえて「和」と銘打たねばならないのか。日本人は自分たちの文化を「よそ者の目」で見始めたのでは。そんな仮説を立てると、いろんな事が納得できたという。

 

日本の魅力を発信する時に『クールジャパン』と呼ぶことのおかしさに気付かないのは日本人だからかもしれない。

 

 

 

先進国には既存インフラがあり、そのおかげで先に発展したのだが、さらなる発展を目指す時はその既存インフラが障害になるが、何もないところに、いきなり新しいものが登場すると、急激な革新という特別なことが起きる。

 

中国のあまりの変化に、驚きを隠せない〜世界が注目する中国の決済革命〜

かつて、『バック・トゥ・ザ・フューチャー3』の中で、1955年当時に生きる科学者のドクが「日本の製品? そんなの大丈夫か?」と聞くと、1985年の未来からタイムスリップしてきた主人公はこう返した。「何言ってるんだい? 今や『Made in Japan』は、世界最高の品質を意味するのさ」と。

 

あのとき日本のことを誇らしく思うと同時に、アメリカに長い間見下され「日本といえば低品質」という誤った印象が長年の間存在し、それがいつの間にか逆転していたことに「ざまぁみろ」と幼心に思ったのがなつかしい。今の日本はきっと、この「ざまぁみる」立場なんだと思う。

絶えずアップデートを余儀なくされる時代に、いきなり完成形のようなものを与えられた人々は今後どのように振る舞うだろうか、良いことばかりではない何かが起きる予感がする。

 

これは一種の社会実験になるだろう。

 

 

 

 

時代の変化が、人間活動に及ぼす変化を語ってみたが、その基盤になる社会インフラも変化する、AIや自動運転はよく話題になるが、それ以外で現在予想されてるものを見ると。

 

 

村井純教授インタビュー全文公開 “30年かけた準備が終わり、これからが本番”

Q:これから先、10~20年ぐらいのスパンで考えたとき、村井さんにとって重要になる技術やテーマは何ですか。

 

1つは、3次元空間の位置情報です。飛行機や自動車、ドローンなど、今までになかったものが、これから3次元空間に広がっていきますよね。2次元は地球全体でカバーできたけど、高さの精度は低いので、そのための技術が必要になります。

それから分散処理。実は全然できてないのがこれなんです。さっき自律走行と交差点の話をしましたが、たとえばこの部屋にはノートPCやスマホなど、コンピューターが10台くらいありますよね。でも、インターネットにはつながっていても、自律的にお互いにつながって一緒に処理することはありません。この10台で並列処理をしたらすごい性能だけど、今はそれができない。

 

インターネットの普及で簡単に世界中にアクセスしコミュニケーションが取れるようになったことは革命だったと言われるし、私もそう思っていたが、どうやらそれは目的ではなく準備であったということが上記のインタビュー記事には書いてある。

 

村井教授はこんなことも言っている。

 

グーグルやフェイスブックに代わる新しいプレイヤーが次々に出てきて、「昔グーグルってあったよね」って懐かしむときが来ますよ。

 

そんなグーグルにはまだまだ見習うことがたくさんありそうだ。

 

グーグル社員が「労働時間」を問われない理由 —— 「時間で管理は愚かな考え方」だ

人が集中して何かに取り組んでいる状態のことを「フロー状態」と言いますが、ある研究によると、ホワイトカラーの人は一日8時間の勤務時間のうち、「30分」しかフロー状態にないそうです。

 

しかし、それを「90分」にするだけで、生産性は3倍になる。大切なのは労働時間ではなくて、このほんとうに生産性の高い「フロー状態にいる時間」をできるだけ長くすることなんです。

 

 

 

長時間労働やブラック問題の解決を対処療法的に処理しようとする日本と違い、そもそもブラック化しない仕組みが出来上がっているし、その背景にはそもそも論としての人間の能力への深い洞察がある。

 

これはアメリカだからできたのでははなく、最先端で理想を掲げながらも正解がないことに取り組む新しい企業だからこそできたスタイルだろう。

 

日本がこのスタイルを身につけるためには、既存の仕組みが一度崩壊される必要があるだろう。

 

修正や改善のレベルでは無理だ。

 

 

こんな時に思い出す大好きなロシアのことわざがある。

 

起こることは避けられないこと。
Чему быть, того не миновать.

起こるべきことは起こる。必然的にそうなるようなことは、どうやっても回避不可能。

https://ja.wikiquote.org/wiki/ロシアの諺

 

 

 

 

下記の記事では、中国が日本をどう見てるかが書いてあり、個々の企業の問題だけでなく、日本を繁栄させた社会の基礎にあったはずのものの変化を3つ指摘している。

 

不祥事多発の日本製造業、隠された真の原因とは?中国メディア

まず、1960、70年代以降、日本の繁栄の要因となった企業家の精神が日に日に消えている。

 

次に、以前世界の先頭に立っていた日本の製造業の生産方法が時代遅れになっている。

 

3つ目に、日本の基礎研究の全体的なレベルが落ちており、各種人材の引継ぎが進んでいない。

 

 

 

日本を支えていた大企業が幸か不幸か、着々と壊れつつある。

 

政治は保守化を強めているが、日本企業の多くが求める正解は、繁栄していた過去にはもはや無い。

 

 

新しいことが起こらざるを得ないという前触れだろう。

貴乃花親方は無口な半沢直樹!(追記あり)

わかってることは簡単に真似できるが、最初にやれと言われてもできないことを”コロンブスの卵”と言う。

 

新大陸発見を祝う凱旋式典で「誰でも西へ行けば陸地にぶつかる。造作も無いことだ」などとコロンブスの成功を妬む人々に対し、コロンブスは「誰かこの卵を机に立ててみて下さい」と言い、誰も出来なかった後でコロンブスは軽く卵の先を割ってから机に立てた。「そんな方法なら誰でも出来る」と言う人々に対し、コロンブスは「人のした後では造作も無いことです」と返した。

 

 

しかし、ヴォルテールは『習俗論』(第145章)にて「これは建築家フィリッポ・ブルネレスキの逸話が元になった創作だ」と指摘し、会話の内容などもそのまま流用されていると説明した[39]。逸話の内容は1410年代、『フィレンツェサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラ(ドーム部分)の設計にみな難儀していた際、ブルネレスキは設計図面も完成模型も見せないまま「私に建築させて下さい」と立候補した。他の建築家たちが大反対したところ、ブルネレスキは「大理石の上に卵を立てられる人に建築を任せてみてはどうか」と提案。

 

誰も出来なかった中で、ブルネレスキは卵の底を潰して立てた。当然の如く周囲から批判されたが、ブルネレスキは「最初にやるのが最も難しい。もし先に図面を見せたら、あなた達は真似をするでしょう?」と切り返した。』というものである。

クリストファー・コロンブス

 

 

Wikipediaにはコロンブスの卵には元ネタがあると書いてあるが、正解がわからない時に正解を導くことはハードルが高いということがわかる。

 

正解が正解として通用するには導かれたタイミングが関係し、再現性が低い1度きりのものである場合もある。

 

2013年に大ヒットしたドラマ『半沢直樹』はさまざまのヒットの分析が為され、次のヒットの参考にされてるはずだが、条件だけ整えてもなかなかヒットは生まれない。

 

監督も想定外!「半沢直樹」メガヒットの裏側
なぜ、銀行ドラマが視聴率30%を叩き出せたのか?

――「半沢直樹」の大ヒットをどう見ていますか?

まったくの「想定外」でした。びっくりしています。

 

 

登場人物に女性が少なく、わかりやすく視聴率を取れるキャラクターもおらず、恋愛もないという「ないないづくし」。それに銀行という“男”の世界が舞台です。セオリーどおりなら、ドラマのメインターゲットと言われる女性は「見ない」ということになりますよね。

 

でも、いざ、フタを開けてみたら、女性が見ていた。テレビの常識がいかに適当だったか、マーケティングというものがいかにアテにならないか、ということでしょう。

 

――なぜ、視聴率が取れたと思っていますか。

それは2つあります。ひとつは、原作の面白さです。

 

あとは、悪役は悪役らしく、ヒーローはヒーローらしく、わかりやすく。

 

 

――もうひとつの要因は。

それは、堺雅人さんの演技です。今回のキャスティングでいちばん“ハマった”のは、堺さんですね。

やっぱり「半沢直樹」を見て、日曜9時に「スカッ」と物語を楽しんでもらいたいです。だって、あんな人いないでしょ!?

 

 

ドラマ半沢直樹には、製作者の意図を超えた偶然の要素もヒットの背景にあったことが伺える。

 

この偶然の要素は分析可能ではあっても、再現は容易ではないだろう。

 

しかし、視聴者の多くはスカッとしたかっただろうし、スカっとできたから支持されたのだろう。

 

主演の堺雅人を抜きには語れないドラマではあるが、それだけでは無かったことは、Appleにおけるスティーブ・ジョブズのようでもある。

 

天才・ジョブズは新しいビジョンのヒントをどこから得ていたか

しかし、当時アップルのシニアマネージャーだったアンディ・グリニョンによると、スマートフォンの開発に着手した当初、担当チームは世界を変えることを計画していたわけではなかった、という。単に音楽プレーヤーに電話機能を加えた「電話ができるiPod」がiPhoneの原型だと。

 

ジョブズを天才と呼び、そのせいでヒットが生まれたと言われるが、実際にはユーザーに選ばれた結果にすぎないが、大きかったのは偶然かも知れないがタイミングを上手に掴めたことかもしれない。

 

自らの壮大なビジョンを大真面目に捉え、その開発を実行したのはジョブズの力である。だが、時代がジョブズのビジョンに追い付いてきたのだと思う。

 

そんなジョブズは、こんなことを言ったらしい。

 

「私は(ひらめいた時に鳴る)『ピンポーン!』を宇宙に響かせたいね。」

スティーブ・ジョブズ

 

 

これが、ジョブズが求めたスカッとした気持ち良さなのかもしれない。

 

また、こんなことも言っている。

 

シンプルであることは、複雑であることよりも難しい」と。

 

似たようなことはレオナルド・ダ・ビンチも言っている。

 

「洗練を突きつめるとと簡潔になる」と。

 

スカッとできる人には、共通項が見えてくる。

 

  • 信念がある
  • その信念は難しいことではない
  • スカっとできるまで信念を貫く

 

多くの人が、自分が活動してる場で『正解』を求めているが、正解が分かる前段階では『信念』が試される。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/信念

信念(しんねん、英語:belief)とは、ある個人がある命題ないしは前提が真であると信じること[要出典]、もしくは信じられる内容のことである[要出典]。それを裏付ける証拠が有るか無いかは問われない。

 

そんな信念は、貫き通すのが難しいのは今の時代のなせる業だろう。

 

信念は、持つものではなく、貫くもの。

信念と人生は、比例します。

信念が曲がっていれば、人生も曲がります。

信念がまっすぐなら、人生もまっすぐ歩めます。

「信念を持っています」と言いますが、持っているだけではいけません。

信念は、持つものではなく、貫くものです。

人生では、必ず障害が現れます。

そこで信念を曲げてしまうと、意味がないのです。

壁があれば、勢いで貫いてしまいましょう。

少し助走をつけて体当たりすれば、壁が壊れます。

信念を貫くから、まっすぐな人生が歩めるのです。

 

 

 

信念を貫いた半沢直樹はどのような人物だったのだろうか?

 

――半沢直樹の魅力は?

半沢直樹の魅力は、自分の信念を曲げないこと。そのくせ、「やられたらやり返す」というわりに、「悪かった」と言えば許してしまう。謝ってきた人は許す、結構“いいやつ”です。ただ、ひどいことをしてきたのに、謝らず、我を通してくるやつには“とことん”徹底的にやる。

 

 

決して上手に世渡りしてる人ではないのに、なぜあんなに支持されたのだろうか?

 

実は嫌いな人も結構いたのかもしれない。

 

作り物の世界の半沢直樹は、滑舌良く早口で雄弁だが、現実世界ではさほど雄弁ではないかもしれない。

 

半沢直樹のキャラと雄弁の反対を想像すると、『貴乃花親方』の姿が浮かぶ。

 

様々なポジショントークが展開されてる相撲界のドタバタ劇がワイドショーやニュースで話題だが、貴乃花親方と半沢直樹がダブって見える。

 

貴乃花親方が最初に相撲協会に事件を報告していたら、この事件は全く話題にならなかったかもしれない。

 

報告の順番を変えたことが、コロンブスの卵かもしれない。

 

そうすると心配な点が一つある。

 

半沢直樹“最終回、幻のラストシーン”(1)「頭取、そりゃないぜ」と思ったら意外な出向理由が

「半沢直樹次長に出向を命じる」

 

半沢直樹“最終回、幻のラストシーン”(2)鬼気迫るラストシーンにかたずを飲んだ

真相を探る過程で、最終回でカットされた“未公開シーン”があったことを突き止めたのだ。

 

これほど重要なシーンが、なぜ全てお蔵入りになってしまったのだろうか。

 

 

 

半沢直樹“最終回、幻のラストシーン”(3)頭取に100万倍返しする日が本当の最終回

半沢は「俺はもっと上に行って、やることがあるんだ」と宣言し、目指すは頭取であった。「半沢直樹」の本当の最終回は最後の巨悪である頭取を100万倍返しする日なのかもしれない。

 

実際のドラマでは、出向で終わったが、シナリオはまだ先があったようだ。

 

現実ドラマでは何が起きるのだろうか?

 

スカッとする展開があるのだろうか?

 

そういう目で今の相撲界を見るのはおもしろいかもしれない。

 

年明けの初場所までに決着するのか、波乱の幕開けになるのか?

 

まだ誰にも分からない。

 

追記(12月6日)

 

相撲協会への報告の順番を変えたことがコロンブスの卵だったと書いたが、どうやら最初に報告していたらしい。

 

【画像】貴乃花、八角と伊勢ヶ濱をガチで睨みつけ震え上がるこれもう覚悟決めてるだろ…

『ヒット』の秘策

Eコマースの世界は、”買いたい人より売りたい人が多い”と言われている。

 

「買いたい人」より「売りたい人」が多い時代を勝ち抜くためのヒント

ネットショップを運営していた私の実感値では、2009年の時点でEコマース業界の潮目が変わっています。「需要>供給」から「需要<供給」の時代への変化です。つまり、「買いたい人」より「売りたい人」が多い時代は2009年から始まっていたわけです。

 

2013年の秋。Yahoo!ショッピングは月額の出店費用とロイヤルティ(売上に対する課金)を無料化しました。

 

Yahoo!ショッピングの無料化は、その「需要<供給」のバランスを大きく加速させたといえるでしょう。

 

 

2015年に書かれたこの記事ではポイントになるのは『お客様の絞込』にあると見ている。

 

 

売りたい人々が集まると、”もっと売りたい”と願うのが人情だろう。

 

そのためには、手を拱(こまね)いているわけではなく、あの手この手で作戦を練っているのだが結果は必ずしも付いてこない。

 

なぜ『ドクターX』は人気シリーズになったのか? 黒田 昭彦  2017.11.30

なぜテレビ朝日はシリーズものが多いのでしょうか。それは、東映との関係によります。

 

テレビ朝日が続けようと思っていても、主演俳優がそう思っていなかったら続けられません。

 

『ドクターX』は早いうちに複数脚本家体制に変わったことで、新たなパターンも取り入れつつ長く続けられるようになったのです。

 

 

ドクターXがシリーズ物として成功している理由が挙げられてるが、ヒットしたものを分析するのは案外簡単だ。

 

気になるのは、分析に基いて必要な要素を満たして作られたものが上手く行かない場合の理由だ。

 

”ドラマ、大コケ、大惨敗”で最近1年以内の条件で検索すると、

 

f:id:chigau-mikata:20171201123745p:plain

と、出て来る。 

 

全てフジテレビで、ヒットの鍵がキャストにあると考えていることが伺えるが、それが裏目に出ているようだ。

 

これらのサイトを見て、視聴率が上がらない理由として出てくる理由が下記。

 

主人公である貴族探偵役に相葉を置き、脇役やゲスト陣には豪華俳優陣を配するなど、フジテレビの気合が見え隠れする作品となっている。しかし、放送開始直後から「つまらない」との声が相次ぎ、2話目以降からは視聴者離れが顕著に。相葉の演技も「貴族には見えない」「下手」と酷評されており、ミスキャストが低迷の原因とする意見も多い

https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12216-1318017/

 

 

 

「要所要所で、障害者や車イスバスケにまつわる現実問題が“重い”。昨年1月期の月9ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(フジテレビ系)みたいに暗い気持ちになる。障害をモチーフにした感動演出も、一部で指摘されているようにまるで夏の24時間テレビのよう。季節外れ感が否めず、元旦から積極的に観たいと思えるドラマではない。そこが賛否の分かれ目になったのでは」(報道関係者)

 

また酷評を浴びたのが櫻井の演技と体型。「ひどかったよ、演技…。途中でみるのやめたもん、嵐ファンだけど」「サッカー選手、車椅子バスケ選手とは思えぬデブさ」「司会や報道に専念してください」などと非難を集めた。

http://dailynewsonline.jp/article/1254553/?page=all

 

 

放送をご覧になった方なら、キャスティングは頑張っていると思われたのではないでしょうか。イケメン要員として高橋一生と田中圭。話題作りにトレンディエンジェルの斎藤司が出演、脇を再ブレイク中の石田ゆり子、古田新太、余貴美子、大澄賢也といったベテランの面々が固めています。ですが、はっきり言って、脚本がひどいんです。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171030-00532055-shincho-ent

 

 

ヒットを狙うためにキャスティングを重視するのは、放送がスタートする前に見たいと思わせる作戦なのだろう。

 

これは、番組宣伝などの事前告知に依存する気持ちの現れかもしれない。

 

いわば予約で売りさばくという発想に近いかもしれない。

 

しかし、上記の視聴率が上がらない場合の評価を見ればわかるように、予約客が不満を感じたらそこで終わりなのだ。

 

最初のお客を繋ぎ止め、さらに口コミその他のプラス要素が生まれるためには、脚本の良さや、役者の体型まで含めた演技力などのリアリティの演出が必要になるのだ。

 

一言で言うなら『期待値を上回る』ということだろう。

 

 

Eコマースに求められる『お客様の絞込』と共通するかもしれない。

 

絞り込んだお客様を想定し、そのお客様の期待値を上回れば、リピートと口コミが生まれる、口コミを聞いた人はもともとの期待値が無いかあっても低いので、見たり買ったりすれば満足度が上がる可能性が高い。

 

お客様を増やしたければ、目に見えるお客様の満足度を上げるというアプローチが良いのかもしれない。

 

最近では、”炎上”や”バズる”が重要だと勘違いされてる傾向が強いが、いきなり不特定多数を意識するより、不特定多数は特定少数の背後にいて普段は見えないが、特定少数の口コミを受けて顕在化してくるのかもしれない。

 

商売の世界では、不特定多数を相手にしようとする時、接客というおもてなしをしようとするが、多くの場合裏目に出る、フジテレビのドラマのように。

 

 

 

 

 

 

 

一方、高級ブランドの世界では、

 

高級品ビジネス成功の鍵は「接客」にあり  ~スーパーブランドに学ぶ~

以前、エルメス銀座店を訪れた時の話。何気なく香水のコーナーで立ち止まって見ていると、上品な雰囲気の販売スタッフの方が、さりげなく声を掛けてきた。「この香水の色は、“地中海”の青い海をイメージしています。」

ただの青ではない。“地中海”の青である。この何気ない一言をキッカケに、フランス好きの筆者は、エルメスの世界に引き込まれてしまった。そして、“付かず離れず”の上質な「接客」の中で、心地よい時を過ごすことができた。

 

 

スーパーブランドは「右脳商品※」の代表である。論理的な価値判断よりも、好き・嫌いで、購入するか否かが決まる傾向が強い。つまり、“感覚”に訴える仕掛け作りが重要な商品である。

 

 

10年以上前の話で、ちょっとカッコ付け過ぎな話であるが、本質は外してないと感じる。

 

ドラマの話に戻ると、お客様の絞り込みに成功し、期待値を上回ったためにヒットした見本になるドラマがある。

 

ドラマ「逃げ恥」ヒットの興味深い現象とプロデューサーが語った話

「逃げ恥」は、回を重ねるごとに口コミが広がり、普段ドラマを見ていない層に波及していったという点では、TBSの「半沢直樹」のヒットに似たパターンだ。

 

「ドラマの部署に来てから、いろいろなドラマを見るようにしているのですが、見てみると面白いドラマがたくさんあるんです。でも例えばラブコメと聞いた途端に、見るとか見ないとか決めてしまう人もいます。面白いドラマであっても、そもそもドラマを見ない人にはなかなか届かない。そういう人たちに面白さを知ってもらうためにはどうしたらよいか、今回はそれを考えて、いろいろな工夫を行いました。『恋ダンス』もそのひとつです。

 

注目すべきは、ドラマというのは見る人がある程度固定しているため、普段見ていない人に訴求するために接触ポイントをいろいろ考えたという話だ。

 

「逃げ恥」が流行ったのはちょうど1年前で、残念ながらわたしは1度も見ていないが、恋ダンスは知ってるし、その動画は何度か見た。

 

 

 

ヒットの秘策は、お客様の絞り込みを行い、期待値を上回ることにある、何をどうするかは、人それぞれのお楽しみだ!