違う見方

誰でもできるけど、自分にしかできないのが、判断するということ! 情報過多な現代は偏り(バイアス)も強いので思わぬ方向にずれていくこともある。そんなズレを修正したりブレーキをかけるために少し違う目線を持ってみたいという備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

今起きてる変化

数年前、知人が仕事仲間数人と"アメリカの流通業の実態を調査"と称して旅行に出かけた。

 

調査という名目は、半分以上口実だったが、日本人が訪れる定番コースは外し、出来る限り地元の人しか行かないようなところを中心に回ったらしい。

 

その時、印象に残ったらしいことを記すと、

 

・とにかく異常に太った人が多い

 

・街を歩いてる人がとにかく少ない

 

・道路など目につくインフラの整備状況が悪い

 

 

その旅行でのアメリカの印象は、「アメリカ、(国として)ヤバイよ」だったらしい。

 

 

異常に太った人が多いというのは、アメリカに対する先入観の"あるある"だろう。

 

そんなアメリカでも健康は大きなテーマになっているようだ。

 

「スポーツドリンクより水」の消費者、競争の激化…… ペプシコが飲料部門で苦戦している

健康志向の高まりから、アメリカではスポーツドリンクよりも水道水やミネラルウォーターを選ぶ消費者が増えている。

 

2017年秋にはターゲット層の43%がスポーツドリンクを飲んでいたが、今や38%に減っている。スポーツドリンクを消費する頻度も3分の1ほどに減少していて、スポーツドリンクをほとんど飲まなくなった消費者のうち38%は、その理由として健康への配慮を挙げた。調査対象者のおよそ55%は、スポーツドリンクの代わりにペットボトルの水を選んだと答えている。

 

 

これは意識高いアメリカ人の一部に起きている"砂糖離れ"といえるかもしれない。

 

最近日本だけでなく、"◯◯離れ"と呼ばれる現象が増えていることに気付く事が多い。

 

 

 

46年前からあった「若者の○○離れ」と、今起きている「お金の若者離れ」

「若者の○○離れ」という言葉は、単に若者がそれらから離れている事実のみを指す場合もあるので、一概に使用するのが悪いということではありません。

 

ですがこの言葉が、消費しない若者を“皮肉って”使われる場合、「それにお金を使わないのは、若者の意識が低いわけではなく、必然なのです」と訴えたいところです。

 

 

 

※太字にしたのは私

 

とあるように、変化するものには必然としか思えないことも垣間見えてくる。

 

 

 

 

省庁データ、近く西暦で統一…来春は間に合わず  2018/5/21(月)

改元に伴うシステム改修費の大幅削減につなげるほか、データ形式を統一してシステムを連携しやすくする狙いがある。

 

情緒的な要素を評価しなければ、もはや元号は必要を感じない、これは"元号離れ"だろうか?

 

私はうまく説明できないが、デジタルシステムの設定においても、元号表記があることで手間もコストも大きく掛かるらしい。

 

この元号の話を聞いて思い出した本がある。

 

2016年の7月に出たこの本は、話題になっていたのですぐに電子書籍で購入した。

 

翻訳本にありがちな読みづらさがあるが、おもしろかったという印象はあるが、中身はきれいに忘れている。

 

再度読み始めているが、読みづらさは相変わらずで、難しい言葉があるわけではないが、すぐに集中力が途切れ別のことを考え始めてしまうのでページが進まない。

 

書評を検索すると、同じような意見が多い。

 

 

〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

 

 

 

直接的には、ITの世界が次はどちらに進むかということを書いてあるのだが、ITやシステムの世界に留まらず、"〇〇離れ"と言われる現象も、この本で説明することができるかもと思って今読み直し始めたところだ。

 

この本では、起きる変化を12のキーワードで説明している。

 

  1. BECOMING なっていく
  2. COGNIFyING 認知化する
  3. fLOWING 流れていく
  4. SCREENING 画面で見る
  5. ACCESSING 接続する
  6. SHARING 共有する
  7. FILTERING 選別する
  8. REMIXING リミックスする
  9. INTERACTING 相互作用する
  10. TRACKING 追跡する
  11. QUESTIONING 質問する
  12. BEGINNING 始まる

 

今、目にしてる"〇〇離れ"とは、"1.BECOMING なっていく"の変化に含まれるものかもしれない。

 

最近、車の運転の仕方が問題になることが増えている。

 

煽り運転と言われる運転だが、この煽り運転は"心"や"モラル"の問題と捉えられることがほとんどだが、私は別の原因を疑っている。

 

車の制御がデジタルになったことが無関係だと思えないのだ。

 

アナログ制御では、過渡特性を制御する時に無限のパターンがあり、その制御はドライバーに委ねられていた。

 

決してスピードを出したり、過激な走りをするという意味ではなく、普通の運転でもだ。

 

この過渡特性のコントロールは、テクニックや技術と見識(モラルを含む)が要求される代わりに、コントロールする喜びと上手になりたいという向上心につながっていた。

 

しかし、デジタル制御になると基本はONかOFFかの選択しか無い、もしくは人の介入の余地が全く無い場合も増えている。

 

運転する喜びや上手になりたいという向上心は、運転には不必要と感じさせる車になってしまう。

 

 

その代わり、運転に無関心でも一定レベルの運転ができるようになるが、運転する喜びとトレードオフの関係になる。

 

デジタル制御の中には、人間の感性と相性が悪いものが多い気がする。

 

そんなデジタル制御が、イライラに関係してる気がするが、直接の因果関係などもちろん無い。

 

車は、今も昔も移動のための道具だが、それに加えて昔は"運転"が重要だったが、現在では"過ごす空間"としての関心に重要さが移っている気がする。

 

 

 

言葉足らずに語っているのはわかった上で、デジタルが人間に知らないうちに及ぼしている影響が、"〇〇離れ"にあると感じている。

 

前回、この本を読んだのは、ブログを始める少し前の時期だった。

 

現在、読み直したのは、"1.BECOMING なっていく"の部分だけだが、これからの時代は、人々は何かのベテランという一度到達したらその地位が揺らがないようなことは成立しなくなり、人々は常に何かの初心者であり続けるような時代になると書いてある。

 

つまり、次から次に新しいものが出て来るのだ。

 

取り上げられている事例から納得感はあったが、"〇〇離れ"は、決してベテランになること無く、次から次に出て来る新しいものの初心者であり続けるために、ベテランが存在していた領域が崩壊していると考えれば納得できそうな気がする。

 

少々こじつけ気味だが、今起きてる変化を受け入れながら、これから起きるであろう変化に対応するためには、それなりの準備がいるだろう。

 

過去の変化は、理屈で説明できる事が多いが、未来の変化は漠然としか予想できないのは仕方がないことだろう。

 

残りを読み終えたら続きを書いてみたい。