違う見方

見方を変えると目からウロコが落ちるかもという独断と偏見による雑記、備忘録

人のふり見て我がふり直せ

同じことに対し、受け取り方や反応が変わることがある。
 
他人の振る舞いに関してだ。
 
気持ちに余裕がある時には、特になんとも思わないのに。
 
図書館で自習室を使うことがあるが、音を立てる人がいると、一瞬ムッとする。
 
以前は、この一瞬ムッとした後、その音を立てた人の動向が気になり、何か音を立てるたびにムッとするというループに入ることがあった。
 
このテの人は、実際よく音を立てるのだ。
 
気持ちに余裕がある時には、自分以外の人で音を気にしてる人を見つけ”やっぱりこの音気になるんだな〜”と心のなかで笑うことができる。
 
だけど、ある日フッと気付いた。
 
自分を含め、音が気になる人は、ただ集中力が無いだけでは?
 
観察してると、音を気にしてそうな人は、やってる作業が捗ってなさそうなのがよく分かる。
 
やろうとすることに集中できないのは、必要ななにかが揃ってないのではと?
 
このことに気付いてから、音が気になって捗らない時は、やりたいことの1つ前の段階に戻ることにしている。
 
つまり、必要なのは復習だったのだ。
 
わからないのに先に進んではダメということだ。
 
しかし、なんとも面白味のない結論だ。
 
 
これからは、未知の領域にチャレンジする時代だと考えていたのに。
 
 
 
ここで言う ”わかる”とは、じぶんなりの答えを導くことだと思えば 納得しやすい。
 
 

 

全員に当てはまる正解ではなく、答えは一人一人それぞれだ。