違う見方

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昨年末に降って湧いた下記の話題。

 

iPhoneに「計画的陳腐化」の疑い 仏検察が調査開始 2018年1月9日

仏パリの検察当局は、米IT大手アップル(Apple)のスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の一部機種で「計画的陳腐化」が行われた疑いについての調査を開始した。司法筋が8日、AFPの取材に明らかにした。

「計画的陳腐化」とは、消費者に新製品を購入させるため、すぐ旧式になる製品を意図的に製造する行為のことで、この慣習は広く批判を呼んでいる。パリ検察の調査は今月5日に開始され、独占禁止(反トラスト)と消費者保護を専門とする仏経済省の職員らの主導の下で進められている。

 

旧いiphoneの動作が不安定になる原因が、意図的なAppleの戦略に拠るものだと取り上げられたことでAppleへの非難が集中した。

 

Appleは魅力ある新製品を出すことで、結果的に旧モデルを陳腐化させることが得意なメーカーだった。

 

陳腐化させられた旧モデルは、決して使えないわけではなく、ただ魅力が薄れてしまうだけだ。

 

そんなAppleが魅力ある新製品をリリースできなくなり、新製品を売るためには旧モデルの魅力を減じる必要が出てきたと思わせるような記事が上記だ。

 

陳腐化とは、価値が減ることだが、重要なことはどれだけの時間を掛けて価値が減るのかという事だ。

 

陳腐化とはもともとはビジネス用語で減価償却と結びつくことばだが、今では日常用語にも使われることが多い。

 

車は高価な財産だと思われていたバブル景気の頃だと思うが、次のような話をよく聞くようになった。

 

新車とはナンバーを取得する前の状態を意味し、ナンバーを取得した時点で中古車になるので、新車を買った人に納車される時は既に中古車になっている、つまりお客は永遠に新車に乗ることはできない。

 

現在は、情報が陳腐化の波にさらされていて、タイムラインを流れながら、出た瞬間に陳腐化し始め、多くが通過(消費)し消えていく。

 

この陳腐化という言葉を聞くたびに思い出すことがある。

 

中学生の頃、松本清張の本をよく読んでいたが、福岡出身の松本清張の話には福岡と東京が舞台になる話がある。

 

何度もドラマ化された『点と線』では警視庁の三原刑事と福岡県警の鳥飼刑事のコンビで事件を解決する、そして『時間の習俗』でも同じ組み合わせで事件を解決するが、この話の中に、中学生当時読みながら不思議に感じる記述があった、そしてその話が陳腐化と結びつくのだ。

 

『時間の習俗』は1962年(昭和37年)に初版が出てるので、その頃の日本が描かれている。

 

この話の中では、三原刑事と鳥飼刑事が事件に関して捜査の依頼とその報告を複数回手紙でやり取りするということが描かれている。

 

こんななことも書いてあった。

 

 

近頃の郵便物は遅れる。東京の三原警部補から鳥飼あてに返事が来たのは、彼が手紙を送って6日目であった。つまり、この6日間は、こちらの捜査も全然進展してない期間であった。

 

 

50年前の日本の情報の陳腐化はすごくゆっくりだったことがよく分かるし、今となってはおとぎ話の世界観を感じるくらいだ。

 

通信技術や交通機関の発達が短期間のうちに時間の短縮化を可能にしたことが実感できる。

 

 

今が旬の業種や業界は、遅かれ早かれ陳腐化の波に晒される。

 

陳腐化の波に晒されてない分野は、陳腐化が一段落し需要がなくなった世界か、まだ注目されてないかのどちらかだ。

 

 

 

太陽光発電ビジネスが収益が上がらず撤退したりネガティブな話題が多い新電力ビジネスは、陳腐化が一段落したように見えるが、実は旬を迎えるのはこれからなのかもしれない。

 

ついに大手電力が「再エネは怖い」と知った
2018年は日本の電力市場の転換点になる

「大手電力会社の経営陣から社員までが、初めて再生可能エネルギーを怖いと思った年」。ある大手電力幹部は、2017年をこう表現します。

 

電力需要が高まる夏になっても大手電力各社の火力発電所がフル稼働しない状況は、相当な衝撃だったと言います。急速に広がった太陽光発電によって、昼間の電力需要が賄われたためです。

 

太陽光発電が最も早く、大量に導入された九州電力エリアでは2016年から、既にこうした状況にありました。ただ、「たまたまかもしれないという思いが、九電以外の大手電力にはあった」そうです。ですが、2017年の夏を経験して、淡い期待は打ち砕かれたのです。

 

 

世の中は完全なデジタル社会になったように見え、アナログは一部の趣味人のためのものになったように感じられるが、最先端分野でもまだアナログがイノベーションに一役買うかもしれない。

 

 

 

アナログ技術を復活させれば、AIがもっと進化する──米企業が開発した「古くも新しい」チップの秘密

 

忘れ去られていたと考えられていたアナログ技術が、人工知能(AI)の分野で復活を遂げようとしている。

 

もっとも、こうしたアナログ的アプローチは、あらゆる目的に適しているわけではない。その大きな理由は、数値の精度に影響するノイズの制御が難しくなるからだ。

 

 

技術が関係する分野では温故知新は成り立つ可能性が高そうだが、それは旧い仕組みの中に新しさを見出す人間の感受性や見識が可能にしたからだ。

 

陳腐化するのは技術やものではなく、人間の考え方や感じ方なのかもしれない。

 

 「ずっと同じ会社で安定した人生」の深刻な副作用

私たちはずっと同じ会社に勤めながらも、たとえば生活の10%は、他人の評価や基準ではなく自然な好奇心や本能的な刺激に従って、「自分がいちばん重要で面白いと思うものを、好きなだけ追求できる」機会にあてられるとよいのかもしれません。

 

陳腐化が価値を減じるのは、数が増え存在感を差別化できないことで起こる。

 

最近50年で、数が増えるのに要する時間がどんどん短くなり、陳腐化の速度は瞬間に近づきつつある。

 

陳腐化が高速化したのは、すべてが情報化されるからで判断に要する時間が短くて済むことで起こる。

 

判断には2種類しかない。

 

合理的な判断とバクチ的判断だ。

 

バクチ的判断にはセンスと才能が必要で、自分の過去を振り返ればわかる、努力や根性とは無縁の存在だから、センスや才能が無い人は手を出してはいけない。

 

そうすると、多くの人にとって陳腐化は合理的な判断が招いていると言える。

 

陳腐化から逃れたければ、合理的な判断を避けることが必要になる。

 

合理的に考え行動することに慣れてる現代人にとって、合理的に考えないことはとても大変な作業になる、なぜなら無意識のうちに合理的に考えようとするからだ。

 

合理的な考えを敢えて捨てるという作業は、自転車に乗れる人がわざと転ぶようなことだから、とても不自然な行動になる。

 

合理的でないものには2種類ある。

 

非合理と不合理の2つがあるが、この2つは全く違うので区別する必要がある。

 

非合理は道理的には理解できない論理を超えたというニュアンスを持つのに対し、不合理は論理的に成立しないというニュアンスを持つ。

 

ここで私が用いてる”合理的ではない”とは『非合理』の方だ。

 

『非合理』であることが何を指すのかの判断に迷った時には、思ったことの反対をするという逆張りが面白くなるかもしれない。

 

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