違う見方

誰でもできるけど、自分にしかできないのが、判断するということ! 情報過多な現代は偏り(バイアス)も強いので思わぬ方向にずれていくこともある。そんなズレを修正したりブレーキをかけるために少し違う目線を持ってみたいという備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

歴史から学べるか?

2011年3月11日の東日本大震災からまる7年が経過した。

 

まだまだこの地震や津波の映像は記憶に新しい。

 

あまりの凄まじさをこれでもかと何度も映像で見たので、最初のインパクトは薄らいだが、それは当事者にならなかったからだ。

 

その日、わたしは地震の影響を全く受けない場所にいて、1日中ラジオも聞かずに取引先と一緒に車で営業活動をしていた。

 

地震のことを知ったのは取引先の人と別れ自分の車に戻った夜の7時過ぎだった。

 

 

あれから7年、東日本大震災を日本人はどう語り継ぐのだろうかと考えてみた。

 

大震災の避難者なお7.3万人 福島は県外に3.4万人  2018/3/10 日本経済新聞

 

 

大規模災害から学ぶ:東日本大震災からの教訓 2012年10月2日

東日本大震災からの教訓を世界へ発信する日本政府との共同研究プロジェクトの第一段階の成果として、32件の教訓ノートが作成されました。

 

 

今から95年前の1923年(大正12年)9月、関東大震災が発生。

 

震災によって概して被害の大きかった東京市横浜市の市街地からは人口が流出し、郊外への移住者が相次いだ。

 

被災した芸術家や文豪たちは鎌倉浦和などに移住し、以後「鎌倉文士浦和画家」と言われた。

 

大阪市は東京・横浜からの移住者も加わって人口が急増し、一時的に大阪市が東京市を抜き国内で最も人口の多い市となった。また、名古屋市京都市神戸市も関東からの移住者によって人口が一時的に急増した。この状況は1932年(昭和7年)に東京市が近隣町村を編入するまで続いた。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/関東大震災

 

 

 

現在の東京一極集中の動きには、関東大震災で全国に散った人々が古里帰りしてるというようにも感じられる。

 

 

10万人以上が死亡した関東大震災は、大きな悲しみやその後の復興の苦労だけでなく、別の負の要素を生んだとされている。

 

10万人以上の死なんて大したことないというメンタリティが一部の日本人に芽生え、そのことが18年後の1941年に太平洋戦争に突入するキッカケの背後にひそんでいるという説を唱える人もいる。

 

短い時間では意味が感じられない動きにも、意味があったと歴史が気付くには100年は短いのかもしれない。

 

だとすれば、リアルタイムで経験した人が生きてる間には意味が理解できないかもしれない。

 

ちなみに、現在中学校では関東大震災をこう教えているらしい。

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5分でわかる!関東大震災の被害と影響

 

 

 

 

 

1995年1月の阪神・淡路大震災は、神戸の都市機能に大きな影響を与え、現在に至るも大きな傷跡を感じる。

 

1923年の関東大震災以降で最大の都市型災害と言われているが、最近発覚した神戸が発祥の地である神戸製鋼の偽装事件や川崎重工の新幹線台車のトラブルなどが、阪神・淡路大震災が与えたダメージが働く人のメンタルに与えた影響のような気がしてしょうがない。

 

 

神戸新聞社から6つの提言

阪神・淡路大震災の発生から20年になるのを前に、神戸新聞社は「兵庫発」の経験と教訓を次世代と国内外に発信するため、6つの提言をまとめた。世界的に巨大災害の発生リスクが高まる中、災害への備えを〈守り〉の取り組みと捉えず、社会の在り方を根本から見直し、暮らし方、生き方を創造する〈攻め〉の契機とするよう、発想の大胆な転換を求める。

 

神戸は復興を果たしたと言う意見もあれば、没落したという意見もある。

 

人口は阪神・淡路大震災以降増えているのだが減ってるイメージがあるのは順位が下がっているからだろう。

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神戸市

 

 

神戸市、人口で「5大市」から転落…福岡市に抜かれ6位に 若者が減少 2016/2/18

 

 

 

自然災害が増えているし、大地震も増えている。

 

地震や災害の当事者と外野の人々は直面してる事態が全く違うし、リアルタイムで知ってる人の捉え方と歴史として学ぶ人の間にも大きな乖離がある。

 

 

津波の恐怖を伝える言い伝えが東北地方にはたくさんあることが後からわかったように、本当に大事なことは、歴史からは学べないかもしれない。