違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

没落する神戸!

最近、神戸の良くない話題が多い気がする。

 

直近では、大きな二つの話題があって今も燻ってるというかしっかりと燃えている。

 

 

 

ボ〜ッと見てるとたまたま起きた二つの出来事のようだが、共通点は神戸市教育委員会。

 

神戸市教育委員会の問題かと思いきやこんな話も出てきた。

 

 

番組は見てなくてツイートの印象だけで語ると、『神戸方式』がキーワードのように感じられる。

 

神戸市民がどこまで理解できてるか分からないけれど、どちらも小学校で起きてることを考えると、神戸で生まれ育った人が自分の体験を日本共通だと思っていても、それは神戸だけという負の体験がありそうだ。

 

 

これらの件がキッカケで神戸を舞台にしたこととして思い出したのが2017年のクリスマスのイベント。

 

神戸・世界一のツリー、樹齢150年の大木を伐採して「考えて」→炎上

神戸港開港150年目を記念し、富山県から推定樹齢150年のアスナロの巨木が運ばれた。全長約30メートルという。また、阪神淡路大震災の鎮魂の意味も込め、復興のシンボルとしたいという意図も説明されている。

 

このイベントが炎上したことを覚えているだろうか?

 

上記の記事の最後は次のように締め括られている。

 

些細なプレゼントでもいいけれど、包装紙だけ過剰なのでは白ける。この企画の違和感の本質は、メッセージへの「がっかり感」。それを受け止めてほしい。

 

とあるように企画者は批判と非難の矢面に晒されて、次のような見出しで報じられていた。

 

神戸「世界一のツリー」騒動で糸井重里「炎上」 「批判者を批判?」ツイート連発に「幻滅した」

 

 

 

『神戸』という冠を付けて発信される情報や話題にガッカリ感が付いて回るようになったのはいつからだろうか?

 

多くの人が何となくイメージするのは1995年の阪神・淡路大震災だろうが、次のツイートを見るとそれだけが理由ではないが、神戸は没落ということばとセットで捉えられることが増えたように感じられる。

 

 

阪神・淡路大震災の後、震災が理由ではないが90年台後半以降東京への一極集中が加速したことも、神戸の没落を加速させたのかもしれない。

 

『神戸』と『没落』は相性が良い組合せらしく検索するといろいろ出てくる。

 

 

 

もうみんなダイエーって神戸で生まれた会社だったってことを忘れてると思うけど、わたしも忘れていたが、次のツイートで思い出した。

 

 

日本の小売業界をリードしていたダイエーが初めて赤字を計上したのが1995年。

 

冒頭で紹介した教師のいじめが起きたのは神戸市須磨区。

 

1997年には神戸市須磨区で中学生が小学生を複数殺す神戸連続児童殺傷事件が起きている。

 

Wikipediaでこの事件を伝える報道の現場の光景も記されてるが、その一部を紹介すると、

 

Aが逮捕された数時間後、須磨警察署からのニュース報道が行われたが、レポーターの背後に群がっていた野次馬に紛れた、茶髪の少年がピースサインをしたり携帯電話で電話しているという姿が映し出された。

この光景に対して、神戸小学生殺人事件を考える会が行った調査では、半数以上が「馬鹿・恥知らず」という回答だった。「馬鹿の見本市のようだった」「あの時間に須磨にいるのだから、全員が地元の子だろう。地元にいて、なぜあんなことができるのか。考える頭がないのでは?」「ことの重大さがわかっていない。親の顔が見たい」という意見があった。

 

 

この子たちは、今はいい歳した体だけは大人になっている。

 

1995年を境目に没落し始めて4半世紀の神戸は、日本の将来を先取りしてるのかもしれない?