違う見方

誰でもできるけど、自分にしかできないのが、判断するということ! 情報過多な現代は偏り(バイアス)も強いので思わぬ方向にずれていくこともある。そんなズレを修正したりブレーキをかけるために少し違う目線を持ってみたいという備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

諸悪の根源は、P(plan)の欠如!

PDCA(plan、do、check、action)で語られるビジネスの世界では、最近四の五の言わずに先ずはDOだと言う考えが広まっているようだ。

 

生まれたばかりの赤ちゃんは、行動の全てが本能に基づいている。

 

この本能的な行動とDOは本質的に全く違う事は誰でも分かるだろう。

 

本能的行動とPDCAの違いは、考えてるか考えてないかの違いでもある。

 

そういう意味では、PDCA的行動は全てP(plan)的だと言える。

 

ある程度以上の年齢になってP(plan)の無い行動は、どのように呼ばれてるかと言うと、“衝動的”、“思いつき”、“無計画”、“何も考えてない”などだ。

 

最初にDOを求めると行動は極めて本能的になる。

 

 

 

一生懸命勉強をして大学受験すると言うのはP(plan)に基づく行動と言えるが、大学入学後の行動にP(plan)はどのくらい反映されてるだろうか?

 

同じことは就活にも言える。

 

就活はP(plan)的だが、入社後の行動はどうだろうか?

 

お金の使い方も同様だ。

 

P(plan)的なのか本能的なのか?

 

借金も返済を考慮できていれば、投資の一種と見做せるが、金利を考慮に入れることが不十分な場合は本能的になってしまう。

 

個人差はあるが、ある程度以上の年齢になると、P(plan)的か本能的かは一事が万事となるだろう。

 

「いつか大勝ちすれば楽になる」はギャンブル依存症の典型例

上手に依存できる趣味や楽しみがある人たちは幸せです。でも、依存症の人たちは依存していくことが下手な人たち。私も発症する前は、バブル世代なので踊りに行ったり、カラオケや温泉に行ったり……意外に裁縫も好きで、いろんな物を作ったりとかしていたのですが、依存症になって濃厚にギャンブルにはまった日から、他のものに依存できなくなってしまったんです。

 

 

依存症の回復プログラムは、孤独感や自尊心の低さ、生きづらさがギャンブル依存症に大いに影響していると考え、日常生活の悩みも他人にすべて打ち明けます。そして、「自分はありのままでいいんだ」「生きていることには意味があるんだ」と、自分で自分を受け入れられるようになることが最終目的です。

 

 

 

 

P(plan)的な生き方でない生き方は、本能的な生き方になる。

 

本能的な生き方は依存的な生き方になる。

 

依存的な生き方になると、自分自身を信じられなくなる。

 

自分自身を信じられないから依存的になるのかもしれない。

 

 

 

ビジネスの世界では、"信用""与信"と言う似てるが違う二つの評価がある。

 

信用とは、約束してる支払いを守ることをどれだけ継続しているかの上に成り立つものである、つまりお金に纏わる過去の行動に対する評価。

 

与信とは、現在の懐状態に対する評価。

 

しかし、世の中には上手くいかないことはたくさんある。

 

上手くいかないことが起こりそうな時、本能的に生きてる人の本能は何故か適切な反応をすることができない。

 

P(plan)的に生きてる人は、上手くいかないことが起こりそうな時、何故か本能が適切な反応をする。

 

 

 

「傷が浅いうちに」 サイバーエージェントが参入断念、仮想通貨交換業の難しさ

 

「リスクがどこまでか見えない。傷が浅いうちというか、ほとんど傷を追っていない状態で撤退するのが賢明だろう」――サイバーエージェントの藤田晋社長は4月26日、同社の決算説明会で、仮想通貨交換業への参入を断念することについて、そう話した。

 

 

 

 

藤田晋社長はP(plan)的な経営者であることがよくわかる。

 

外野から見てると経営者(特に創業者)はバクチを打つように見えるが、人それぞれだ。

 

感覚的に捉えてるつもりの多くの事は、実は理屈で理解し判斷している。

 

アナログ時計では時間がわからない。文字盤の針が読めない生徒が多い為、イギリスの学校がアナログ時計を撤去

英国の校長組合が最近、若者がデジタル時計に慣れすぎてアナログ時計を読めないとして、学校から撤去することを求めたと報告している。

 

 

私はアナログの時代を経てデジタルを受け入れた世代なので、徐々に浸透していく様を直接見ていたので、その変化が与えた影響を時系列でなんとなく覚えている。

 

アナログ時計が当たり前の頃は、身近に時計が無いことは当たり前だった。

 

今でも日本の学校教育ではやってるのだろうが、時計の見方は授業で教わっていた。

 

アナログ時計を読むことは、簡単な事ではなかったのだと再認識できる。

 

アナログ時計で時間の感覚を身に付けた人にとっては、時間は“過ぎて行くもの”だが、デジタル時計ネイティブ世代にとっての時間はどう映るのだろうか?

 

アナログ時計の針の動きを見てると過去、現在、未来が同じ延長線上にあることが直感的に分かるが、デジタル時計を見てると、時間は常に今だけだと感じるし、現在から未来へ一方通行で流れて行くものに思えるかもしれない。

 

デジタル時計しか知らなければ、アナログ時計が読めないと言うことは、“時間”に対する感覚が根本的に違っているということでもあるのだろう。

 

 

デジタルに慣れ親しんでいる子供たちがアナログに対応できないのは時計だけの話ではない。

 

 今年初めにある小児科医は、子供達が携帯電話やタブレットに慣れすぎたために、鉛筆やペンといったアナログの筆記具すらうまく使えなくなっていると報告した。

 

 「鉛筆を握り、それを動かすには、繊細な指の筋肉をしっかりコントロールできねばなりません。そうしたスキルを発達させるには、それなりの機会が必要です」と小児作業療法士のサリー・ペイン氏は話す。

 

 「子供に積み木や切り絵遊びのような筋肉を鍛える遊びをやらせるより、iPadを与えてしまう方が楽です。このために鉛筆を握るために必要な基礎スキルが身に付かなくなっています」

 

 

 

アナログからデジタルへ移行する中で、本能的な反応だと思っている行動の中には、P(plan)が導いたものがあると言うことが見過ごされていることが増えている。

 

「安保は米、経済は日本」戦略か 正恩氏の日朝対話発言

北朝鮮の狙いは、国連制裁を緩和に導いたり、大規模な経済支援を受ける環境を整備したりすることにあるようだ。

 

 朝鮮労働党内部ではすでに、米朝首脳会談後に日朝首脳会談を行う方針が説明されているという。複数の北朝鮮関係筋によれば、北朝鮮内部では「安全保障は米国と、経済は日本と主に協議する」との戦略が検討されているという。

 

 

 

本能的に行動してるようでP(plan)的な北朝鮮に対し、P(plan)的に見える日本は本能的な反応しかできていない。

 

 

今頃になってこう言うこともわかってきた。

 

フェイスブック活用で一枚上手だった-トランプ陣営主張にFBも同意 2018年4月4日

ランプ陣営は、2016年米大統領選挙でのフェイスブック(FB)の広告ツール活用でクリントン陣営より一枚上手だったとたびたび主張してきた。大統領選の数日後に発行されたFBの内部白書は、同社のデータサイエンティストもこれと同意見であることを示している。

 

トランプ陣営が新たな献金者を見つけることを重視したのに対し、クリントン陣営は幅広い支持を確保することに集中したという。

 

 

 

本能的に反応してるようなトランプ氏の方が一枚上手だったと言うことは、それだけクリントン氏よりもよく考えていたと言うことだ。

 

 

 

本能的に行動すると仮に上手くいっても長期的には主導権が取れない。

 

長期間続くかどうかが見所だ。

 

 

諸悪の根源の発端は、P(plan)の欠如に遡ることができる。

 

 

 

PS.

 

上記で語った"信用"は経済用語としてのもので、一般生活の中ではこういうものだ。

 

 

 

第1は 挨拶ができる

第2は 約束を守る

第3は 古いものを大事に使う

第4は 人の話が聴ける

第5は 筋を通す

第6は 他人の身になって考える

第7は 先を読んで行動する

第8は 気持ちや考えを表現できる

第9は 潔さがある

第10は 感謝と畏(おそ)れの感覚がある