ペンは剣よりも強し
このありふれた言葉には、奥の深いダジャレのような真相が含まれているらしいという噂がある。
A「ペンは剣よりも強し、と言うが、ではなぜペンは銃刀法違反にならないのか」
B「それはね、ペンによって法律が書かれるからだよ」
というか、ペンは剣よりも強しのペンって、死刑執行にサインするためのペンであってですね……
引用はこのサイトから https://togetter.com/li/460098
『「ペンは剣よりも強し」ということわざがあります。これは真実です。過激派は本とペンを恐れます。教育の力が彼らを恐れさせます。彼らは女性を恐れています。女性の声の力が彼らを恐れさせるのです。』
と言った。(もちろんこれは一部だけ)
これに対し、作家の村上春樹さんは、
僕は普段は、基本的にむしろ「ペンがあまり強くなりすぎないように」ということを意識して文章を書いています。僕の書く文章ができるだけ人を傷つけることがないようにと思って、言葉を選ぶようにしています。でもそれはとてもむずかしいことで、何を書いてもそれによって傷ついたり、腹を立てたりする人が、多かれ少なかれ出てきます。これはある程度しょうがないんです。でも、それにもかかわらず、できる限り、人を傷つけない文章を書くことを心がけなくてはならない。これは文章を書く人間にとっての大事なモラルなのです。
(ペンは剣より強い方がいいんでしょうか? - 村上さんのところ/村上春樹 期間限定公式サイト2015/02/11)
https://www.huffingtonpost.jp/2015/02/10/haruki-murakami-talks-about-pen-or-sword_n_6658074.html
と、その気がなくても『ペンは剣よりも強し』となるので、そのことには気をつけろと言っている。
かつてペンは、権力者であり、メディアであって、この両者は対立関係にあると同時にお互いに特権を持っていた。
それは、言葉の力を最大限に活かせる立場だったからだ。
そしてインターネットの普及で、知名度の有り無しは別にして、誰もがメディアになり発言できる時代になった。
発言という門戸は、誰にでも開かれたが、だれもが発言力を発揮できるわけではない。
影響力のある人とない人に別れる。
影響力のある人の発言内容に共感を感じるようになると、自分の代弁者であるように感じることもあるだろう。
そして、この逆に、発言力を持つ人は、代弁者として自分が何が望まれてるかを感じる気持ちが芽生えるかもしれない。
こうなると、発言力を行使することは"サービス産業化"することになる。
自分の気持や感情に基づいて行動する時は、ライバルや敵がはっきり見える。
しかし、他人の気持ちに応えようと行動する時は、その行動がどんなライバルや敵を生み出しているかに無関心になるかもしれない。
昨日起きた事件だが、当初は物騒だが珍しくない事件だと思っていた。
「血だらけの人」騒然 福岡の繁華街で男性刺殺 小学校跡地、「人を刺した」男出頭
今朝起きると、
福岡スタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」(旧大名小跡)で殺人事件、被害者の41歳男性は人気ブロガーHagex氏の可能性
Hagex氏の名前は知っている程度だったが、1年くらい前に図書館で著書を借りたことがある。
2ch、発言小町、はてな、ヤフトピ ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い (アスキー新書)
- 作者: Hagex
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
- 発売日: 2014/04/10
- メディア: 新書
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本の内容には特別に感銘を受けたわけではないが、本を読んだからだろうか、身近な存在に感じるようになったので、この事件の報道は凄く気になっていた。
その後時間の経過とともに次々と情報が増え、
「ネット上で恨んでいた。腹と首を刺したのは間違いない」と供述しているという。
犯人のプロフィールや事件の経緯はネット上に溢れてるし、これからより詳しいことが分かるだろう。
私が興味をもつのは、『ペンは剣よりも強し』の観点で見ると、これはペンの敗北なのだろうかという点だ。
村上春樹さんの言葉を借りるならば、『ペンが強くなり過ぎた』結果だろうか?
Hagexさんのブログ を見ると分かるが、10年以上に渡って、月に200〜300のエントリーを発表し続けている。
自分が言いたいことや興味があることと言うよりも、代弁者として期待に応えようと書き続けていたような気がする。
だから、敵の存在を軽く見ていたのかもしれない。
逆恨みされる弁護士というのは、定番の事件ネタであることを考えると、『ペンは剣よりも強し』は、一人一人がそれぞれじっくり考えるテーマだろう。