違う見方

誰でもできるけど、自分にしかできないのが、判断するということ! 情報過多な現代は偏り(バイアス)も強いので思わぬ方向にずれていくこともある。そんなズレを修正したりブレーキをかけるために少し違う目線を持ってみたいという備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

必要なデータとは?

分析が可能になるために必要なデータ量とはどのくらいなのだろうか?

 

そういう疑問を思い起こさせてくれるツイートがあった。

 

 

リンク先には、こう書いてある。

『かっこよくて、優しくて、経済力があって、話が面白い人ですかね…?』

アバウトすぎます。これではいい男なんて見抜けるはずがありません。実は、質問してくる方の多くは、世間一般に言われている″いい男″というイメージを自分の中でふんわりとしか持っておらず、自分にとってどういう男性がいい男なのかを理解できていない事が非常に多いのです。

きっとこれを読んでいるあなたも例外ではないはずです。まず、自分にとっていい男とはどういう男なのかをはっきり具体的な言葉で説明してみてください。話はそれからです。

 

データの質と量が違うと、得られる結論が全然違ったものになるだろうことは容易に想像できる。

 

 

 

 

 

レビューを見ると読んでみたいと思わせるコメントが目につくが、大作すぎるので少し躊躇してしまう。

 

データの活用法には、大きく2種類ある。

 

予め想定している仮説や導きたい結論へ誘導するように集められるデータと、集めたデータから何が導かれるかというアプローチの2種類だ。

 

前者は、フェイクニュースに繋がる。

 

後者は、真実を探る意識が高いが、データの量と質によっては、真実から遠ざかることもあるだろう。

 

 

 

フレーム問題(フレームもんだい)とは、人工知能における重要な難問の一つで、有限の情報処理能力しかないロボットには、現実に起こりうる問題全てに対処することができないことを示すものである。

 

全てを考慮すると無限の時間がかかってしまうからである。つまり、枠(フレーム)を作って、その枠の中だけで思考する。

https://ja.wikipedia.org/wiki/フレーム問題

 

  

結局、行き着く先は、

  

 

 

 

データの収集や分析が、過剰に評価される時代になっている。

 

ブログをやる程度であっても、Google Analyticsなどを用いて分析することの重要性を説く話も多いが、その一方でこだわりの全てはコンテンツに向けろという説も増えている。

 

これは、正反対のことを言ってるようで、実は同じことを言ってるのかもしれない、いや同じことを言ってると言うよりも、どちらからアプローチしても行き着く先が同じということかもしれない。

 

冒頭のツイートにあるように、"いい男"を求めるならば、まず自分にとっての"いい男"をきちんと細かく定義し、その定義に基づき必要なデータを集めることが大事になる。

 

自分にとっては、どうでもいいデータに振り回されてる人や企業は多いだろうと想像できる。

 

人間は、生まれたくて生まれるわけではないし、一部例外はあるが、死にたくて死ぬわけではない。

 

生きてる間も、案外似たようなものかもしれない。

 

 

 

 

 

自分にとって必要なデータとは何だろうか?

 

それを考えてる間に人生が終わってしまいそうだ。