違う見方

誰でもできるけど、自分にしかできないのが、判断するということ! 情報過多な現代は偏り(バイアス)も強いので思わぬ方向にずれていくこともある。そんなズレを修正したりブレーキをかけるために少し違う目線を持ってみたいという備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

自分の『好き』に気付くためのアウトプット(情報発信)!

現代は、インフルエンサーと言われる人々が多くの人に影響を与えてる時代と言われている。

 

人々に影響を与えているのは、かつてはいろいろな分野のリーダーと言われる人々で社会的な序列の上位に位置する人が多かったが、現代は社会的な序列とは無関係な序列が出来上がりつつある。

 

かつての序列が中央集権的なピラミッド構造で人間関係が直接的だったのに対し、現在は分散型で人間関係は直接関係だけでなく実際には会ったことも話したこともない人との間にも関係性が広がることが増えている。

 

良し悪しは別にして、影響を与え合う関係性のシフトや拡大が起きている。

 

しかし、どんなに影響を与えあっても最後は自分の判断になる。

 

最後に下す自分なりの判断は、誰でもできるとともに、自分にしかできないことでもある。

 

 

 

ガンで余命宣告されている写真家の幡野広志さんはこんなことを言っている。

 

 

人って好きなものしか写真を撮らないんです、嫌いなものをわざわざ撮らないの。

スマホにメモリーされた写真を見返してください、自分の好きなものだらけでしょ?

 

 

写真の面白さはここにあるんだろうなと言う気がする。

 

無意識の行動の中に、自分の"好き"が凝縮されているのだ。

 

 

この写真家の幡野さんは、最近Twitter上で話題になった。

 

 

きっかけはこのツイートだ。

 

 

 

 

このツイートに対し、レビューの書き主が謝罪したのが下のツイートだ。

 

 

 

ぜひ読んでほしいが、読めば分かるのが、揉め事は悪意がなくても起きるものだと言うことだ。

 

悪意は無いけれど、自分の心と向き合えていなかったので、自分の気持ちを歪んだ形で表現させてしまったのだ。

 

同じ事実や、同じ情報を目の前にしても、それをどう判断するかは、それぞれに委ねられた、その人にしかできないことになる。

 

ここまでは、自分の心の中だけで完結するが、ここから先は人間関係や利害関係が生じると、あるいは自分自身としっかり向き合っていないと、心の判断と違う行動を取らざるを得ないこともある。

 

 

次のツイートは、上記のレビューを投稿した方と共通する心理だろうか?

 

 

 

 

そんな時はどうすれば良いか?

 

写真家の幡野さんが、「人は好きなもの(=関心があるもの)しか写真に撮らない!」と言ったことばは拡大解釈できる気がする。

 

つまり、アウトプット行為を日常的に行えば良いのだ。

 

アウトプットは何でも良い、アウトプットを続けていると、自分の"好き"が浮かび上がってくるはずだ。

 

 

 

自分の体に、自分の手に負えない症状が現れたら、医者に行くというのが模範解答だが、問題は症状が体以外の場合だ。

 

名医が上げる、名医の条件の一つに、「問診が上手」というのがある。

 

高価な最先端の医療器具を使うことも意味があるが、それも事前の問診が的確(適格)であればこそだ。

 

ヒントはすべて自分の内側にあるのだ。

 

 

アウトプット(発信)を行うと、自分の深層心理に気付ける可能性が高くなる。

 

少し違う自分が出てくるかもしれないが、たぶんそっちの方が本当の自分かもしれない。

 

現代は、アウトプットにはほとんどコストがかからないので、やる気の有無だけがハードルになる。

 

まだ発信をしてない人は、こちらの世界へどうぞ!