違う見方

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『選挙に行って投票しようぜ』by忌野清志郎!

明日が選挙なのでこんなツイートが話題になっていた。

 

 

2009年に58歳で亡くなっている忌野清志郎さんはミュージシャンとは別に自転車好きとしても有名だったが、自転車に乗り始めるためのキッカケとなった話が印象的なことでも有名だったことを思い出した。

 

 

次の話は、忌野清志郎さんのHPからの抜粋。

 

ことは2000年の終わり、清志郎がこんなニュースを耳にしたことからはじまる。雪山で雪崩に巻き込まれた息子を、80歳の父親が吹雪のなか探しに行き、自ら救出したというニュース。

 

その、人間の秘めたる能力というものに、清志郎は大いに衝撃を受け、そしてわが身を振り返る。「自分にはそんなに歩く能力が備わっているだろうか?」と。 

http://www.kiyoshiro.co.jp/lsd/index.html

 

 

このニュースを検索したがソースとしては辿り着けなかったが、記事の内容を見つけることができた。

 

 

山形県立川町の東北電力月の沢発電所近くで26日発生した雪崩事故で、雪崩で生き埋めになった4人のうち、ただ一人助かった山形県櫛引町の建設会社員疋田武雄さん(52)を最初に発見し、救助したのは、80歳になる父虎(たけし)さんだった。

 

激しい雪の中、約10キロの雪道を歩き、雪に埋もれていた息子を見つけた。

 

虎さんによると、武雄さんが雪崩に巻き込まれたという一報が入ったのは正午ごろ。

 

虎さんは、かんじきとスコップを持って、立川町瀬場の自宅から仲間4人と歩いて現場に向かった。

 

現場に着いたのは午後3時ごろ。吹雪で前がよく見えず、積雪も腰くらいまであった。

 

1列になって代わるがわる雪かきをしながら進み、「オーイ」と声をかけると、「オーイ」と返事が返ってきた。

 

見ると穴があいていて、手が見えた。急いで掘り出すと武雄さんだった。「大丈夫か」と声をかけると「大丈夫、けがはない」という返事。

 

頭の上に50センチくらい雪があったが、雪崩にあった時、運良くわきにあった鉄管に押しつけられて、立ったままの姿勢で埋められたので息をすることができたらしい。

 

武雄さんは「おれは大丈夫だから仲間を早く見つけてくれ」と言い、虎さんらが近くで3人を発見し救出したが、収容先の病院で死亡が確認された。

 

(12月27日asahi.com 15:53)

http://www.big.or.jp/~arimochi/info.00.12.31.05.html

 

 

 

2000年のこの出来事がキッカケで忌野清志郎さんは自転車に乗り始めた。

 

80歳になっても、息子がピンチのときに助けに行けるだけの体力を身に付けるために。

 

それ以来、遠方でのコンサートでも忌野清志郎さんは自転車で自走で会場入りすることが恒例になった。

 

 

健脚ぶりが有名だった忌野清志郎さんはあっという間に駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

エピソードの数々から忌野清志郎さんの発言には強さと優しさがあることが分かるが、どちらも生活者としての経験と知恵から生まれたものだ。

 

芸能人を始めとした有名人の発言は、都合良く切り取られ政治的に利用されることが多いが、忌野清志郎さんの発言は常に生活者としてなされている。

 

 

 

明日の天気は微妙かもしれないが、

 

選挙に行って投票しようぜ! by忌野清志郎