25年前の1月17日に阪神大震災が発生。
それを受けてこんな見出しの記事が出ていた。
地震切迫度 31の活断層で“震災直前と同じか それ以上” 2020年1月17日
25年前の阪神・淡路大震災を教訓に国は全国で活断層の調査を進め、発生確率などのリスクを評価してきました。現在、地震が起きる切迫度が阪神・淡路大震災の直前と同じかそれを上回る活断層が31あり、改めて活断層地震への備えが重要になっています。
先日のブログで地震について書いた。
その中でも書いたが、歴史に残る地震とは死者1000人を超える地震で、統計上は13年に1回発生するのだが、阪神大震災の前は50年前に遡るのだ。
そして、阪神大震災の次は2011年3月11日の東日本大震災。
阪神大震災を小学2年生で体験した女優の北川景子さんは次のように述懐している。
「自分が暮らしていた街が、昨日まで普通だったのに今日、こんなふうに壊れてしまうんだというのがすごく悲しかったですし、大きな衝撃でした」と感じたというが、
「全国の皆さんが神戸のためにたくさん救援物資を送ってくださったり、エールを送ってくださったり、たくさんの方の支えがあってここまで復興することができたと思います」と力強く語っている。
さらに「私は皆さんに元気や希望、勇気、励ましをお届けできるような活動をこれからも頑張っていきたいと思いますので、皆さんも一緒に頑張っていきましょう」
25年前の阪神大震災のことをしっかり記憶してるとすれば体験者を除けば現在の35歳以上くらいだろうか。
それより歳下だと、学習での知識になるのだろうか。
今年の1月17日は阪神大震災の話題が多いような気がするのでGoogleTrendsで直近5年を見てみると、
2016年4月の熊本地震や2018年6月の大阪北部地震の時にも検索が増えていることが分かるが、今年が特に多いわけではなさそうだ。
阪神大震災の話題というよりも次の大地震の話題が増えているのかもしれない。
昨日はこんな見出しが出ていた。
浅い部分で「ゆっくり滑り」 南海トラフで検出 海保・東大 1/16(木)
紀伊半島沖から四国沖にかけての南海トラフで、陸海のプレート境界の浅い部分がゆっくり滑る現象を7地点で検出したと、海上保安庁の石川直史火山調査官と東京大の横田裕輔講師が15日付の米科学誌サイエンス・アドバンシーズに発表した。
わたしが地震が気になってるから地震の話題やニュースに気付くのか、それとも地震の話題やニュースが実際に増えているからなのかはGoogleTrendsを使っても知ることはできない。
25年前わたしは阪神大震災のことを会社で知った。
社長室の扉が開いていたので中を覗き込むと社長と社長の弟の取締役(二人とも高齢)がテレビに夢中だったが、覗いてる私に気付くと手招きをして、「大変なことが起きている」と言った。
テレビが伝える映像のインパクトもさることながら、社長室を覗いていて手招きで呼ばれたという記憶と相まって阪神大震災には特別な思い出がある。
1995年当時だと、速報性においてテレビやラジオに敵う媒体は存在しなかった、だから大勢の人がテレビにかじりついただろう。
一方、東日本大震災の頃にはインターネットとSNSの普及でテレビやラジオといった大きなメディアに頼らずとも草の根の情報や安否確認の方が高い機動力を発揮できることが明らかになった。
事件は会議室ではなく現場で起きているということを思い知らされたのだ。
学者や研究者の中には、人間が開発した技術の多くは人間を幸せにはしてないという指摘をする人がいるが、その中でもインターネット関連は平常時はあまり良く言われないが、この時ばかりは違っていた。
阪神大震災が起きた時、被災の中心だった神戸に住んでる方の多くが神戸で地震が起きるなんて想像もしてなかったというようなことを言っていたのを聞いたような気がする。
Wikipediaには工業化時代の後に情報化時代が始まり、現代は知識経済または情報化社会になっていると書かれていて、『情報化時代は1972年から1992年まで続いたと推定される』と書いてある。
情報化時代のその先の時代に移っていたとされる1995年に起きた阪神大震災は、われわれは何も分かっていないと思わせるに十分だった。
今の日本では、いつどこでどんな規模の地震が起きても不思議はないという知識や情報は表面上は行き渡っている。
それでもきっと、次の大地震が来た時は、まさかこんなことが起こるなんて思っても見なかったと言うのだろうという気がする。