違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

上級国民にも悩みはあるのかも?

黒川広務さんが自粛期間中に賭け麻雀をしていたとすっぱ抜かれたことで世間は盛り上がっている。

 

 

 

 

昨日この話題がいきなり出てきたがこのニュースを見て、そう言えばと思い出したのがタイムライン上で見かけた次のツイートだった。

 

このツイートを最初に見たときにはフ〜ンと思う程度だったが心のどこかに引っかかっていたのだろう。

 

 

 

 

前川喜平さんのツイートを遡ると、

 

 

 

 

 

上記のツイートの前日の5月9日に「#検察庁法改正案に抗議します」が盛り上がり始めていた。

 

 

連日テレビを通じて見る黒川さんは不敵な笑みを浮かべる手強そうな人物に見えていたが、辞めたいのに辞めさせてもらえなかったと捉えると、不敵に見えた笑みは自嘲的な笑いに思えてくるから不思議だ。

 

賭け麻雀が行われたされるのは5月1日と5月13日。

 

普通に考えれば検察のトップが、しかも自分に向けられる世間の目が厳しい時期に取る行動としては謎や不思議が感じられる。

 

この行動を上級国民が好き勝手に行動してると見るのは表面的過ぎる気もする。

 

もっと生々しい人間ドラマがあると思った方が外野としては楽しめる。

 

 

前川喜平さんはこうも言っている。

 

 

 

 

辞めたかった理由としてあげられるのは以下のようなものが想像されている。

 

 

 

 

 

 

辞めたいのに辞められない流れの中に巻き込まれていたとすると、ブラック企業やブラックな環境から抜け出したいのに抜け出せない現代の闇が上級国民にも及んでいるという現実の厳しさを伝えているようにも感じられしんみりとしてしまう。

 

立場がどうであれ、組織の歯車として行動すれば誰の身にも起きても不思議がないのだ。

 

組織の歯車ではなくても、同調圧力や忖度という空気の力で動かされてしまうことは日本では珍しくないのだ。

 

 

黒川広務さんが、自発的に辞められないのならば、辞めさせられるように仕向けようと思っても不思議はない。

 

5月1日に賭け麻雀を行なってるが、同席した新聞記者は黒川さんの思いを知って集まっていたのか、それともただののんき君だったのかも興味がある。

 

全てが作戦だとすると、シナリオが描かれたのは4月なのだろう。

 

 

特にこの件に興味がない人には、調子に乗った上級国民が下手こいた事件としか映らないだろうが、見方を変えると哀しい人間ドラマに見えてくる。

 

 

不敵に感じられた笑みは、作戦進行中の思いが現れていたのかもしれない。