日本政府がGoToキャンペーンを打ち出し旅行や外出の促進を呼びかけながらも、テレワーク7割推進という『お前ら外出するなよ』というい呼びかけがおもしろいなと思いテレワークについて考えていると、気が付くと、距離と時間の障害の克服の歴史を考え始めていた。
通信手段がまるでない時代には、狼煙(のろし)で伝えていたが所詮煙なので情報として何が伝わっていたのか現代に生きてると想像することもできない。
遠くで煙が上がってるのを見ると「あっ火事だ」と思うがすぐに消防や救急の情報検索をしても何も出ない場合は火事ではなかったということだろうという経験をしたことがある。
煙を見ただけでは火事かどうかすらわからないのだ。
煙しか伝達手段がない場合に煙に何を託していたのかは不思議だ。
直接人間が配達する飛脚の時代になっても、目的地となる住所の概念がどこまで整っていたのかと考えると、誰でも使えるものとは言い難かっただろうし、ちゃんと届いたかどうかも疑わしいし、きちんと目的を果たせたとしても時間的にどのくらいかかって届いたのかと考えると気が遠くなる気がする。
人間が歩いて移動する以外の交通手段としては実用化の最初は船で、陸路よりも海路の方が発達したはずだ。
老舗の損保会社の昔の名称に『〇〇海上』というものが多かったのはその名残だろう。
やがて電車や自動車が登場し、海路よりも陸路の方が便利になっていった。
裏方として機能する道路整備は国策事業だったことが想像できる。
日本で最初に高速道路が開通したのは1963年(昭和38年)で距離は70km程度だったことを考えると、仕事のほとんどは地産地消で物理的に距離が離れていると、コミュニケーションが困難だったことも想像できる。
交通手段の次に革命的だったのは電話だ。
固定電話が一般家庭に普及しだしたのは1970年前後からとされ、一人暮らしの人でも電話を持つようになったのは1980年を過ぎた頃から。
公衆電話が多かったとはいえ、外出してる者同士が連絡を取り合うためには伝言を伝える中継が必要だったし、待ち合わせ場所に使われる駅には誰でも使える伝言板と呼ばれる黒板が設置されていた。
携帯電話が登場し普及し始めるのとPCが普及し始めるのがほぼ同時期で1990年台の半ば過ぎから。
その後、回線容量の増加とモバイルの普及で一気にいつでもどこでも連絡を取り合うことは可能になった。
距離がどんなに離れていても、情報のやり取りは時間の制約を受けずにできるようになった。
セキュリティに課題はあっても情報の原本のやりとりが可能になったので、理屈上は多くのことがテレワークでできるようになったとされるのが今だ。
距離や時間という物理的な障害を克服した先にも人間同士がコミュニケーションを取るという作業が残っているとするならば、最後の最後はテレワークであろうと昔のやり方でも同じことが課題になる。
価値観を共有しあえるか、あるいは相性の良さを感じ合えるかが大事になる。
そのどちらもなければ、きっとうまくは行かないはずだ。
テレワークは、物理的な障害を克服することなくいきなりコミュニケーションの場に突入するので、相手の評価も厳しさを増すはずだ。
今のところテレワークで脱落し評価を落としているのはIT音痴の中高年と言われてるが、この段階のふるいで脱落するのは論外として、テレワークではさらに人がふるいにかけられ選別されるはずだ。
誰でもできることを誰でもできる程度にしかできないと判断されたら危ういはずだが、このタイプが圧倒的に大多数なはず。
本格的にテレワークが始まれば残酷な結果が待ってる人が大多数なのかもしれない。