違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

損も得もほどほどに

得になりそうという動機で始まり、損だと知って終わる。

 

いや終われれば得かもしれない。

 

現実には損を取り戻そうとさらに得を求めるという循環が繰り返される。

 

 

得は優越感や心の余裕を与えてくれる、損はその反対。

 

得は麻薬みたいなもので中毒性があるので『もっともっと』となりやすい。

 

損は、自覚できると一つ一つ瞬間瞬間は小さくても意識の中で積み上がっていく。

 

当然ながら意識してしまうと得と損は相殺関係になる。

 

損をしたと自覚した人は得で取り戻そうとするようになる。

 

 

また、誰かが得をしたという話を聞くと自分が損をした気になる、誰かが身近な他人だとなおさらだ、そんな話がSNSには溢れている。

 

得や損が絡む話にはまことしやかな解説が付いて回るのも常。

 

得と損の関係は、野球のピッチャーに例えるならばストライクとボールのようなもの。

 

ストライクが得でボールが損。

 

ただしストライクはバッターに打ち返されやすい、打たれてヒットになるのは損だし、ホームランになったら大損。

 

もちろんバッター側から見るとピッチャーとは逆のことが起きる。

 

 

起きてる時は常に得か損かに振り回されてる人も寝てる間はそんな思いから解放されてるはずだが、一部の人は寝てる時間は損だと思いがちだ。

 

最近でこそ睡眠時間の長さの効用は広く知られるようになって、睡眠時間をたっぷり取ろうと考える人は増えてるかもしれない。

 

しかしおもしろいことに寝れる時間を確保してるのに思ったより短時間で目が覚めてしまうと損をしたような気になるだろう。

 

たっぷり睡眠を取っていても世間で言われるほど得をしてるような実感が得られなければ損をしたような気になるかもしれない。

 

 

得とか損は一旦意識が囚われてしまうと常時囚われるようになる。

 

だから常にあれこれ理由をつけて一喜一憂するようになり、やがては得をしてても得が小さい少ないと損をしてると感じるようになる、世界一クラスの金持ちでももっともっととなるように。

 

小さな損を許容できる気持ちと、同じ過ちを繰り返さない気持ちをセットで持てることが最もお得な気がする。

 

得はなくても大きな損がないことは、実は幸せだと悟れると、世の中の見え方は変わってくる。