違う見方

誰でもできるけど、自分にしかできないのが、判断するということ! 情報過多な現代は偏り(バイアス)も強いので思わぬ方向にずれていくこともある。そんなズレを修正したりブレーキをかけるために少し違う目線を持ってみたいという備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

結局、『今』が大事!

“度”が付くと反対語がなくなり、「ある」か「ない」、「高い」か「低い」、あるいは「上」か「下」、などで反対側を位置づけるようになる。

 

日常でよく使ったり、耳にする『好感度』は、典型的なその一つだ。

 

 

「いいね」と思うCMは?

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「うーん」と思うCMは?

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わざわざ引用したが、ハズキルーペをdisりたいわけではない。

 

実は曖昧な存在である『好感度』だが、与える印象はかなり強い。

 

 

 

 

好感度が問われる代表格が、政治家と芸能人だ。

 

 

バナナマン日村と狩野英孝。淫行報道に世間の反応が全く違うのはなぜか?

一連の日村の報道、そして日村を擁護する声を見る限り、結局のところ「これまで築き上げた好感度」の差がかなり大きいことがわかる。 

 

 

今回の報道、真相はまだはっきりとは解明されていない。だが、筆者を含めて実情を知らない視聴者は、日頃の好感度で物事の善悪を判断しているのでは? と印象づける出来事であった。

 

 

 

好感度を上げる要素は何なのだろうか?

 

 

 

好感度は簡単な理由で上がるようだが、下がるのも同様に簡単らしい。

 

木下優樹菜「好感度が一夜で急落」した理由

だが、クラスメイトを不登校に追い込んだという発言は波紋を広げており、番組放送後、数日たっても話題にする人は多く、「ユッキーナ好きだけど、この発言には正直ショック受けた」「こういう発言聞くたびに、ファンでいるのイヤになる」「どうしてテレビでこんなバカなことを言っちゃうのか、ファンとしてすごく悲しい」「自分の娘がされたらどう思うの? 同じ母親として許せない」「一気に好きじゃなくなった……ガッカリ」と落胆する人が増えている。

 

 

日村さんも木下優樹菜さんも、遠い過去の話で話題になったのだが、私が感じたこの両者の違いには、今現在のキャラクターや日常での口調が関係してるような気がする。

 

日村さんの場合は、過去の出来事と現在のキャラクターが一致しないが、木下優樹菜さんの場合、過去の出来事と現在のキャラクターが一致するという違いがある。

 

つまり、『今』が問われるのだ!

 

 

テレビ番組で視聴率を得るための“仕掛け”が増えた理由 背景に時間感覚の早まり?

ドラマではかつて、オープニングの主題歌を最低でも1番丸々流していましたが、今やタイトルバックのために10秒しか流さなかったり、バラエティー番組でも、以前はゲスト出演者を1人ずつきちんと紹介していたところを、テロップですぐ済ませたりするなど、「時間の短縮化」の傾向があります。

これらの仕掛けは「あざとい」と揶揄(やゆ)されることもありますが、現代人の時間感覚が早くなっている今、それも時代の産物と言えるでしょう。実際、昔の番組を見ると、そのテンポの遅さにややフラストレーションがたまることもあります。

 

 

何かを感じたり、判断したりする時、私を含めて多くの人は、理屈に基づいて反応してると思うことが多い(つまり理由があると思っている)、とっさの感情的な反応でも根底には理屈があると思っているが、時代の変化と共に、無意識の領域に“時間軸”が介入するようになったのかもしれない。

 

感じ方や判断に、リズムやテンポが関係し、真相や正しさを見極めるというよりも、結びつきやすいものと結びつけてしまいやすくなっているかもしれない。

 

プレゼンや合コンなど、相手の気持ちを掴まなければいけない場では、最初の30秒で決まると言うのが最近の定説だが、こういう流れになると益々「錯覚や誤解」が起きやすくなるが、それを上手に活用できる能力が世渡りの為には必要になるのだろう。

 

本当は時間をかけた方が良い事も、時間がかかるという前提であれば、関心も興味も持ってもらえなくなっている。

 

いや、正確に言うと、この分野も二極化が進んでいる。

 

時間がかかることを嫌がる人々が増える一方で、行列に並ぶことを厭わない人も大勢いる。

 

 

 

ここまで書くと、この調子では、時間をかけないことが正義だと結論付けなければいけないような展開になっているが、私が思っているのはむしろその逆だ。

 

世の中は確実に、時間をかけないことを良しとする方向を向いているが、それは表舞台の話だ。

 

ここぞと表舞台で勝負する時は、時間はかけられないと覚悟すべきだ。

 

しかし、表舞台で勝負する為には、裏で人知れずひっそりと実力を高め、策を練る必要がある。

 

実力を高めずに、策も持たずに勝負しようとする者が、行列に並んでいる。

 

私は行列が嫌いだが、好きな人もいるんだろうなと思っていたが、行列に躊躇なく並ぶ人でも、多くの人は並ぶことを嫌がっているのは、いろいろ検索すると分かる。

 

時間をかけて、実力を高め、策を練らなければ、行列に並ぶ生き方しかできなくなる!

 

何をどうするのが良いのかは、人それぞれだろうが、何をするにしても林先生の名言が当てはまる。

 

 

いつやるの?

 

『今』でしょう!