違う見方

誰でもできるけど、自分にしかできないのが、判断するということ! 情報過多な現代は偏り(バイアス)も強いので思わぬ方向にずれていくこともある。そんなズレを修正したりブレーキをかけるために少し違う目線を持ってみたいという備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

【注意】あなたが信じている情報はフェイクかもしれない!?

インターネットにはフェイクニュースが付き物だが、リテラシーを積んだつもりでも判断を間違う事がある。

 

特ダネとまでは言えないまでも、未確認のオモシロ情報かもと思えるものがあるとついつい飛びついてしまう。

 

リテラシーが低いと言えばそれまでだが、その程度の反応ができないようでは、そもそも情報化社会を渡っていくことはできないだろうとも思う。

 

先週こんな情報が流れた。

 

 

リンク先の記事には、このニュースが報じられないのはアベ総理の帰国を待ってるからだと書いてあるところが、ゲスの勘繰りをくすぐってくれる。

 

もちろん私はこのニュースに飛びついた、しかし続報がないまま今日になり、こんなツイートを見た。

 

 

フェイクニュースには、うそとパクリがあるが、上記の例は現在真相不明だが、うそかもしれない可能性がある。

 

しかし、うそだとしたら、このニュースは大きなものだったので、真相を知る筋が否定しないという不思議も残る。

 

非常に謎が多いので、時系列で出回った情報を押さえておくと後で面白い事に気付けるかもしれない!

 

フェイクニュースに付き物のもう一つの要素である“パクリ”について、最近こんなケースに出くわした。

 

 

パクった後で捏造し(ウソをつき)て発信してるのだ。

 

発信者は21歳らしく、多くの人から非難のリプライを受けてるようで、

 

 

 

 

 

最初に非難された時点では軽くいなすつもりだったようで、こんなことを言っていた。

 

 

 

創造は、模倣から始まる。

 

あるいは、

 

創造は、模倣の組合せのバリエーション。

 

などと、言われることもあるが、目指すところは本来はオリジナルのはずだ。

 

しかし、最近の模倣(パクリ)は創造(オリジナル)には向かわずにフェイクに向かう傾向が強い。

 

これは、すでに存在する需要の横取りをしようとするからで、プロセスよりも結果のみが問われるようになった結果だろう。

 

 

オリジナルとのほんの少しの違いがパクリだが、パクリとウソはセットでフェイクを生み出している。

 

そう考えると、当分フェイクは無くならないだろうと思える。