違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

『国際問題から人権問題へ』で、カルロス・ゴーンさんの保釈決定!

保釈時の変装が話題になったカルロス・ゴーンさん。

 

 

 

 

ウルトラマンや仮面ライダーなどのヒーローは、なぜ最後に出てくるのか?

 

そんな思いを、今回のカルロス・ゴーンさんの保釈決定に感じた人も多いのではないだろうか。

 

ゴーンさんにとっては、ヒーローのような活躍を見せてくれたのが弘中惇一郎弁護士だが、今回(3度目)の保釈請求と過去の保釈請求の内容の違いはどこにあるのだろうか?

 

その前に、弘中弁護士だけが脚光を浴びているが、少し補足が必要だろう。

 

 

これまでに3回の保釈請求が行われていたが、過去2回は別の弁護人のもとで行われていた。

 

違いはどこにあったのか?

 

 

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2枚目の写真は少しブレているが是非見て欲しいが、素人の私から見るとそんなに大きな違いがあるとは感じられない。

 

しかし、弘中弁護士の手腕を称え、前任の弁護士の無能ぶりを訴える声が世間には多いのが、私にとっては不思議でしょうがない。

 

保釈請求の内容が決め手だったとはとても思えない。

 

そこで、時系列で追いかけてみた。

 

弁護人が変更されたのは2月13日、十分な勝算があったのでしょう。

 

ゴーンさんを取り巻く環境はどんどん厳しくなってるような時期でした。

 

 

弁護人が変わるまでは、ゴーンさんを支持する側にとっては国際問題化に活路を見出そうと動いていたが、フランス側の反応を見るとこれは失敗したのでしょう。

 

当初、一企業の問題だったゴーンさん逮捕は、カリスマ経営者の横暴という図式で捉えられていたが、勾留の長期化から“カリスマ経営者”の問題から“外国人経営者”の問題になり国際問題として扱われるようになりだしたが、このような“カリスマ”や“外国人”という切り取り方をすると大勢の心には響かなかったのだろうと思われる。

 

 

少し風向きが変わり出したのが2月20日。

 

仕掛けが動き始めたのか、それとも偶然だろうか?

 

 

これはどういうことかと言うと、

 

 

ゴーンさんの問題は、ついに人権問題となってしまったのだ。

 

これは、大前提として勾留が長期間続いたということがあるが、金で全てが解決すると思っている世間にとって超お金持ちですらどうしようもないことがあると知って、一気に感情移入が進んだのだろう。

 

反応したのは、日本人ではなく外国人。

 

人権問題は、弱者を虐げるから問題となり、判官贔屓ということばを持つ日本人にとっても素通りしにくいテーマなはずなのに最近の日本人はこういう問題にあまり声を上げない。

 

しかし、弱い立場にある人を虐げるという行為に対しては誰しもが「明日は我が身」と感情移入するだろう。

 

 

bloombergの記事によると

ゴーン被告の妻子の弁護士らは4日、パリで記者会見を開き、同被告の日本での勾留について、非人間的な環境や家族と面会できないことに加え、弁護士の同席なしで頻繁に取り調べが行われるなど、国連の規範に反するものだと主張した。家族は恣意的拘禁作業部会に人権侵害を申し立てる。

ゴーン被告の家族の代理人を務めるフランソワ・ジムレ弁護士は「これは日本を訴えるものではなく、人権のための行動だ。家族は権利が認められることを願ってきた」と説明した。

 

 

 

 

 

 

 

人権問題になってしまうと、世間には見えづらいかもしれないが、政治問題や外交問題になってしまう。

 

重い腰が動くのはそういうタイミングだ。

 

 

弁護人の変更が2月13日だったのは、人権問題に発展させるために機が熟したと判断するためにそれだけの勾留期間が必要だったからだろう。

 

 

ところで、冒頭でヒーローはなぜ最後に現れるかと書いたが、弘中弁護士は別に正義の味方ではない。

 

 

そこにあるのは、『やられたらやり返す』の精神だろうが、むしろ知恵を使った『窮鼠猫を噛む』にも思えてくる。

 

長期間の勾留という事実があったからこそ人権問題化が可能だったことを考えると、仮にゴーンさんが勾留された直後に依頼されても弘中弁護士は引受けなかっただろう。

 

 

今後の展開が楽しみだ。