気になるツイートがあった。
未来を生きる若者のひとりとして、ポートフォリオとAO入試の拡大に反対します。学力以外で華やかなアピールポイントをたくさんつくることが出来るのは、主に富裕層の子供たちです。貧困家庭で放課後に家事を手伝っているような子供には、大人ウケするボランティアや社会参加をする余裕などありません。 https://t.co/hZNnowzFNp
— 春名風花 official🐤 (@harukazechan) 2020年2月8日
AO入試って、確か学力試験では計測できない秀でた一芸を持ってる学生を評価するためのものとして始まったと思っていたが、どうもそうではなさそうだ。
企業が優秀な新卒学生を早期に囲い込むのが青田買いであるのに対し、大学が親が金持ちの高校生を早期に囲い込むのがAO入試の実態になってるようだ。
つまり極端な言い方をすると、裏口入学をすごく薄めて、表であるかのように装っているのがAO入試なのだと思えてくる。
AO入試では活動実績が重要になる。
春名風花さんのツイートに書かれてるポートフォリオとは、活動実績であり、実績を上げるための活動計画を意味してる。
ポートフォリオとは、投資における金融商品の組み合わせを意味するものだと思い込んでいたので、入試対策にポートフォリオが出てくると奇妙な感じがしたのは、裏口入学計画書と思えたからだ。
わたしには裏口入学に近い胡散臭さを感じさせる最近のAO入試事情は、世間では推薦扱いで、なんと全入学者の4割になるらしい。
今回AO入試に興味を持って調べて初めて気付いたのが、AO入試の普及とリンクして増えていたのが圧迫面接なのかもしれないということ。
企業内の人事評定のデータがある程度蓄積されると、AO入試出身者の特徴としてあげられるのが次の3点になるらしいのだ。
- 積極性がみえない(主体性が低い)
- 我慢ができない(ストレス耐性が低い)
- 融通が利かない(適応力が低い)
その負の特徴を炙り出すために使われるのが圧迫面接のようだが、圧迫面接が非難の対象になると、面接時にAO入試(推薦含む)で入ったかを質問され、AO入試で入った人は落とすという企業も増えているらしい。
そんな現実があるにも関わらずAO入試がなくならないのは、学力試験で面接をクリアした人が作り上げた日本社会そのものが世界に通用しないガラパゴスを作り上げていたと分かったからでもあるだろう。
春名風花さんのツイートがキッカケでAO入試について少し調べただけで、進学や就職のあり方に実績を装ったムラ社会的な囲い込みをいまだに追い求めるのが日本だと気付かされた。
本来、イコールコンディションで行われる競争だからこそ担保されていた平等の世界にも格差が生じているし、格差を生じさせようとする勢力の動きが顕在化しているようだ。
そう言えばと思い当たったのが、ランニング競技における厚底シューズ。
シューズドーピングと呼ばれるのは、イコールコンディションを担保できないからで、圧倒的多数で厚底が排除される流れになるだろうと思っていたが、AO入試における一芸を評価するかの如く、企業努力を評価すべきではと擁護する声も根強くあるのだと思い知らされたし、当事者の選手が歓迎してるのだ。
このように考えると、口先で言うほど平等は歓迎されてないように感じられる。
入試であろうとスポーツ競技であろうと、当事者は楽な方を選択しようとするのだ、しっかりと理論武装したうえで。
勝つためには有利な状況を確保しなければならない、だからこそ敵は平等の盲点を突こうとしている、現代はそんな時代になっているのかもしれない。