工事現場や作業の現場でヘルメットが必須なのは不慮の事故や怪我を防ぐためで、ヘルメットが必須になるまでの間にはさまざまな不幸な出来事が多数あったからのはずだ。
ヘルメットが必須になったおかげで事故や怪我が減ったからと言って、ヘルメットなんかなくても大丈夫なんじゃないかとはならないのは、怪我をするほどではないが、あって良かったと思える状況は日常茶飯事だからだろう。
わたしも何度か足場が組まれた現場に入ったことがあるが、注意していても何度も足場に頭をぶつけるのだ。
ヘルメットをしてるとガツンと来ても全く痛みはないが、うっかりヘルメットをしないで頭をぶつけるとその場にしゃがみたくなるほど痛いのだ。
別に血が出るわけでもないので事故扱いになどならないが、このような経験があると、ヘルメット無しだと躊躇を感じるようになる。
最近では、事故や事件にならない程度だけど要注意な出来事を、ヒヤリハッとと呼んだりする。
少し長かったが、ここまでは前置き。
各種の統計にはヒヤリハッとな出来事は計上されないが、実際の事故や事件の数十倍以上に及んでいるのではと推察している。
わたしは常々強く思っていることの一つに『決して被害者になってはいけない』というものがある。
振り返ると、よくぞ無事で生きてるなと思えるようなことを潜り抜けてきたことが思い出される。
そういう時には、『決して被害者なんかになるわけない』という謎の自信があった。
歳を取ったからか、経験を積んだからか、ただ単に時代の空気が変わったからなのか、今では『被害者になってはいけない』という思いが強い。
自分の行動に非があって被害者になることはもちろんのこととして、非がなくてもだ。
100%非がない自然災害やもらい事故や通り魔被害や各種の冤罪での被害者の存在も、統計には全く現れないので、敢えて考えたり想像しなければ、そんな人はいないことにしている。
被害に遭わないために重要なことは、最終的には運まかせかもしれないが、そのタイミングでその場所にいることから逃れることしかないのだ。
わたしの場合、被害者になってはいけないと思ってる割には、状況によってはブレーキがかからないことが未だにある。
今日こんなことを書いたのは、必要な時にブレーキがかからない自分への自戒を込めて。
最悪の形で被害者になる場合、世間の見る目は加害者扱いだと思った方が良い!
被害者になる場合、加害者の有無に関係なく、正論を拠り所にしようとする。
正論の前提には法律があり、合法だと思うから正論として主張するのだが、裁判のような法解釈の現場では工事現場や作業現場では必須のヘルメットに相当するものが無さそうにしか見えない。
保険に入ってるから大丈夫という人は意外と多いが、保険でなんとかなると思っていたのにならなかった場合、被害はダブルになる。
保険が保険として機能するのは好景気の時だけだと知っておいた方が良いだろう。
よほど法律を味方につけて武器にできる自信がない限り、正論を武器にしようとすることは得策ではない。