1996年「何が悪い?不倫は文化」と、写真誌の記事のタイトルに付けられたことでイメージが定着した石田純一さんは、コロナでも話題を振りまいている。
最初は、コロナに罹って重篤な状態になったことで、軽率な行動が非難されると共に、病状を心配する声も多かった。
石田純一、アビガン大量投与 窮地から回復への道のり語る 2020/4/24(金)
出張先の沖縄で体調悪化を感じた。出張の目的は自身が2017年から那覇市内に開店した韓国料理店「J-CHAN 冷麺」の新型コロナにまつわる対応を検討するためとしているが(13日から臨時休業)、現地でゴルフをプレーしたことや体調不良を感じていたのに飛行機に乗って東京へ戻ったことなど、ネット上には批判の声も少なくない。
コロナで怖い思いをしたはずなのに、回復後に繰り返し会食や外出を繰り返す姿が目撃され報道されることで、不倫のイメージを含めて軽率な行動を繰り返す常習者になった。
石田純一さんの行動は、石田純一さんばかりが目立ってしまうが、必ず相手がいるので相手も同罪のはずなのにそうはならないという特徴がある。
一般的な社会の図式に当てはめると、今時の会食はよほど親しく対等の関係か、よほど強い下心かパワハラでもない限り避ける方が賢明であることは誰でも分かっているはずなのにと思ってしまう。
石田純一さんには高圧的なイメージは似合わないので、会食に参加した人には積極的な参加意識があっただろうなと思える。
石田さんが会食をする場合、その相手は親しい仲間と書かれていたり仕事関係者と書かれたりしてるので、どこかで利害が共通してるのではと想像できる。
モト冬樹が石田純一の多人数での会食問題に「周りの人達が助けて欲しい」 2021年01月25日
モトは「石田純一君がまた会食をして たたかれているけど なんなんだろうね?」と驚いた様子。
ここから先は石田純一さんから離れるが、
親しい仲間と称される間柄には様々なパターンがあり、好ましい関係性から好ましくない関係性まで無限のグラデーションがある。
好ましくない関係には、利用したり利用されたりの関係性が見えることが多い。
このような関係性の場合、利用する側も利用される側もお互いにその役回りを自覚してることが多い、それなのになぜそんな関係性が成立するかというと、お互いが依存関係にあるからだ。
依存症というのがある、一般的には〇〇中毒などとも呼ばれる。
つまり、利用したり利用されたりの関係性が依存であり中毒であるならば、その関係性はお互い様なので、利用してるつもりの側も利用され、利用されてるつもりの側も暗黙のうちに利用してるはずなのだ。
中毒になった関係性は、離れられなくなるという意味で側から見てると疑似信頼関係に見えなくもないのだ。
信頼に反対語があるのだろうかと検索すると、疑心や不信と出てくる中に、期待と表現する意見もあった。
なるほどと感じられた、期待は依存と結びつきやすそうな気がする。
信頼の反対には依存の意味もありそうだが、一旦依存が成立するとそれは疑似信頼関係に近くなるというところに大きな落とし穴がありそうだ。
上記の記事でモト冬樹さんはこう言っている。
「石田君は優しいから 自分から帰りますとは 言えなかったんだろうけど」と石田の心情をくみ取った。
依存症や中毒で苦しむのは、おそらくどうしようもない悪党ではなく、ちょっと優しいくらいの普通の人たちなのかもしれない。
落とし穴に落ちるのは、明日は我が身だと注意した方が良さそうだ!