自分の人生を振り返ると、良い意味でも悪い意味でも、『俺ってこんな人間だったけ?』という反応や行動を度々取ってきたことがわかり少し驚くことがある。
人は変わって当然だから不思議はないのだが、不思議なのは、自分自身にとっても不思議だからだ。
このような不思議は、誰にでもあるのだろう。
神様は、そういうことはお見通しなのだろうか?
日常生活でお馴染みのAIは、あなたへのおすすめと称して勝手に情報や広告を配信してくるが、これらは検索や購買という行動履歴の結果のみから分析されてるのだろうが、私はいつもAIってバカだなあ、『いつの話してるんだよ』と感じることの方が多い。
AIは、私にバカだと思われていることには気付いてないのだろう、ブログやTwitterではそれと思しき発言を度々してるのに。
以前こんな話を聞いたことがある、聞いたというよりも読んだのかもしれないが。
そんなに昔の話ではなく、21世紀に入ってからの話だと記憶しているが、さまざまな診療科で名医と呼ばれる医者たちに、『名医の条件を一つだけあげるとすれば何?』と質問すると、かなりの頻度で『問診が上手であること』という話。
医療機器が進歩し、検査技術が向上し発展すればするほど、聴診器で患者と向かい合う頻度は減るはずだが、どちらにしても患者とのコミュニケーションの質が問われるのだ。
こんな記事があった。
なぜ面接評価はアテにならない? 離職率をはじき出すAIがすごい 2021年02月05日
結果分かったのは、「最も予測精度が高かったのが、考え方や価値観に関する問いだった」(塚本氏)ということだ。
履歴やデータを積み上げて参考にすることは、過去に依存すること。
時代が変化しない場合には有効だが、変化が大きい場合に意識を未来に向けようとすればするほど当てにならなくなる。
今は変化が大きい時代のはずだが、データがかつてないほど重要になりつつもある。
未来に向かっているのか、過去に縛られているのか、それこそ考え方や価値観が問われるのだろう。