最近ではコロナを表立って恐れる人はいなくなったように見えるが、マスクを付けるあるいはマスクを持ち歩くと言う習慣は生きている。
実はコロナ関連で恐れられてることにウイルスの潜伏による影響がある。
全く未知の影響だ。
もちろん取り越し苦労かもしれない。
つい最近知ったことに、帯状疱疹と言われる症状は水ぼうそうと同じで、子供の頃に水ぼうそうに罹った人の体内に潜伏していた当時のウイルスが数十年という潜伏期間から目覚めて発症するというのがある。
これを聞いて思い出したのはアスベストによる中皮腫。
中皮腫の原因となるアスベストは昔の日本建築に多用されていたのでその施工に関わった人や、施工が不十分な建物内で長時間過ごした人は呼吸で吸い込むリスクを抱えている。
しかし、そのことに気付くのは簡単なことではない、吸い込んでも気付かないし違和感もないのだから。
問題は吸い込んでもすぐに発症する訳ではないこと、これまた発症までには40年前後の潜伏期間がある。
危険が潜伏すると言う意味ではアナフィラキシーショックもある。
アナフィラキシーショックの場合、原因となる異物が体内に入ってから数十分から数時間で発症するので潜伏してるという表現は当てはまらないように感じるが、自身がアナフィラキシー体質であることを知らない場合や知ってから随分時間が経過しそのことを忘れてることも多いので、そのことが潜伏期間と言えなくもない。
潜伏期間というと悪いことに関するイメージが強く、他には逃亡を続ける犯罪者を連想しがちになる。
ネガティブなイメージと潜伏期間は相性が良さそうに感じる。
しかし、良いことにも潜伏期間はありうる。
例えばノーベル賞、候補に上がるまで数十年が掛かるのは当たり前で、候補に上がったからといって受賞できるわけではない。
候補に上がる時点で世間の評価を受けているのだが、受賞できるまでは潜伏期間と言えなくもない。
翻って、成果が出るまで長期間掛かるなんて世の中にはたくさんあるのだが、成果が上がるまでは潜伏期間となるので本人だけでなく周りの誰もいずれ時間の問題で成果は上がるということには気付けない。
何事にも時間短縮を求める現代に生きる人が見落としがちなのは、否応なく発生する潜伏期間という存在だ。
潜伏してるモノはどこに潜伏してるか?
それは自分自身の内側だ、決して外側ではないのだ。
潜伏期間のおかげで奈落の底に落とされる人がいる一方で、潜伏期間のおかげで人生が薔薇色に変化するであろう人もいるのだ。