違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

コスト削減はリソース削減

昨日のブログでコスト削減はWin Winの関係を作りにくいので持続性が弱くなるというようなことを書いたが、それを象徴するような記事があった。

 

 

ニデック(日本電産)の株価が下がり続ける悲しい理由。投資するなら永守会長と心中する覚悟が必要か=栫井駿介

ニデックはM&Aによる成長戦略も取ってきました。

M&Aは成功する確率が低く、高値で買収し、その後の統合が上手くいかないことが多いですが、永守さんは安く買収して、コスト削減により利益を上げる手法で成長を遂げました。

 

 

 

永守さんがコスト削減にとにかく厳しく、給料に見合わないハードワークを求められるため、優秀な人材や技術者が集まらず、その結果、付加価値の高い製品を生み出すことができず、利益率が上がりにくくなっているのではないかと推測できます。

 

 

コスト削減の対象になるのは、ムダや価値を認められないもの。

 

いわば大掃除に似たようなもの。

 

綺麗になってスッキリするのは快感だろうが、大掃除は日常事ではない。

 

断捨離というワードがブームになり始めたのが2009年頃かららしいが、長い目で見ると断捨離とコスト削減はよく似ている、始める最初は手間やコストが掛かるかもしれないところが。

 

問題はその後だ、ダイエット後の継続が問われることとも似ている。

 

ダイエットは達成したらリバウンドしないようにというその後の生活や行動が新しい生活に続く可能性が見えるが、コスト削減や断捨離を一旦達成したその先に、一体どんな新しい何かを描くだろうか?

 

冒頭の記事は、カリスマ経営者が指揮する有名企業でも次どうするかを描き損ねるともはやコスト削減は無力と同じだと示している。

 

ムダや無価値の排除を目指すコスト削減は継続すると、あったはずの強みや得意分野という領域も削減させるリソース削減につながる。

 

映える身体を求めて過剰に体脂肪を削減すると、見た目は映えてもあったはずの健康も削減してるというケースが少なくないこととも共通しそうだし、やがてあったはずの映えすら失ってしまう。

 

ムダと必要は紙一重だからこそ起きる現象なのだろう。