違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

侍ジャパンではなく大谷ジャパン

2026年のWBCは日本では地上波の放送がない。

 

Netflixが放映の権利を独占したからだ。

 

だから、見たい人でリアルタイムにこだわるならNetflixに加入するしかない。

 

Netflixに加入するのが嫌な人で、リアルタイムにこだわる人はラジオを聴くか、ネットの文字情報での速報を追うしかない。

 

私は、見たいのは結局大谷翔平だけだから、文字情報での速報を20分間隔くらいでチェックし、他のことをしていた。

 

そして気付いたのが、こういうやり方の方が楽しめるかもしれないということだった。

 

もちろん日本チームが戦った直近の2試合に限ってだが、大谷が活躍したからだ。

 

速報を見ると、大谷がホームランを打ったと出るが文字だとそれがどんなホームランかは分からないから妄想してしまうのだ、とんでもない飛距離のホームランを。

 

これが結構楽しいし、脳が快感を感じてることが実感できるのだ。

 

これが実際の映像を直接見てると、一瞬は盛り上がっても全ては予定調和に感じられ、盛り上がりの終息も速いのだが、妄想だと持続時間が長いのだ。

 

実際に大谷翔平が活躍したからこそ受けた印象だが、これがもし全然活躍しなかったら、やっぱり見なくて良かったときっと思うはずだと思うと、地上波のテレビ放送がないことをラッキーだと感じてる。

 

真の野球ファンやWBCファンからすると、私のような人間はファンでもなんでもないと見えるだろうが、私のような人間は意外と多いんじゃないかと思っている。

 

私のような人は誰もが思っているだろう、侍ジャパンではなく大谷ジャパンだと。

 

さらに言うと、見たいのは活躍する大谷翔平だけで、後は全ておまけ、二刀流で投手もやってれば楽しめる時間は長いが、指名打者だけであれば大半の時間は見なくても良い時間なのだが、テレビで放送していたらそんな器用な使い分けはできない。

 

自分ではなんとなく気付いていたが、今回のWBCが地上波でリアルタイム放送がないことで、自分が野球ファンとしてはすごく低レベルで野球界にはなんらプラスをもたらさない存在だということを再認識した。

 

もし、ここまでの時点で大谷翔平が活躍してなければ一体私はどんな反応をしてるのだろうかと思うと、活躍は期待してるが決してファンではないと再認識できる。

 

球場には行かずに野球を見てる人の中には、私のような人は少なくないと感じる。

 

WBCが終わってシーズンが開幕したらプロ野球の試合は見るだろうがただの暇つぶし以上にはならないはず。

 

大谷翔平が活躍してる間は、自称野球ファンは減らないかもしれないが、日本の野球市場は大谷翔平に依存してると言っても過言ではないはずなので、数年後が非常に気になるどんな変化を見せるのかと。

 

 

何もかもが色褪せて見えるようになる日はそう遠くないのだろう。