違う見方

誰でもできるけど、自分にしかできないのが、判断するということ! 情報過多な現代は偏り(バイアス)も強いので思わぬ方向にずれていくこともある。そんなズレを修正したりブレーキをかけるために少し違う目線を持ってみたいという備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

どこを間違ったのか?

消費者にとって企業の理屈は関係ない、そんな消費者をどう捉えるかでビジネスが変わる。

 

消費者を味方につければ、広告やマーケティングに費用を投じなくても成功するビジネスがある。

 

「告知なしで20万人待ち」のアイスクリーム・ミュージアムを仕掛けた25歳。異次元レベルの集客力の鍵は?

告知なしで、異次元レベルの集客に成功しているミュージアムがある。

 

仕掛けるのは、25歳のクリエイター、マリーエリス・バン(Maryellis・Bunn)。「子どもの頃からアイスクリームが大好き。こんなのあったらいいなを叶えちゃいました!」「子どもも大人も、みんなアイスクリーム好きだもんね!」「みんなで一緒に楽しもう!」「アハハ!」。親しみやすさを前面に押し出している。というか、それしか出さない。これってマーケティングビジネスですよね?

 

 

すごいのは、トップクラスのセレブらがちゃんと足を運び、楽しんでいる様子をインスタグラムにポストしていることだ。その25歳の仕掛け人、マリーエリス・バンって何者?

 

「アイスクリームが好き」。こう表明して敵を作ることはないだろう。もちろん、ひねりがないだけに特別な印象を残すことにも繋がらないのだが、マイナスイメージにもならない。その、誰もが手放しに「好き」といえるリスクの低さもSNSとの相性バッチリ。

 

そんな新しいビジネスは、ターゲットとする顧客をミレニアル世代に想定しているが、その層は生まれたときからインターネットがあり身近にデジタルデバイスが当り前にある環境で育ったデジタルネイティブでもある。

 

運営サイドは、あくまでも「これは、LA育ちの彼女の子どもの頃の夢を叶える(ビジネスではなく)パッション・プロジェクト」であると貫く。毒にも薬にもならんがな。

 

デジタルネイティブの若者消費者層は広告宣伝に敏感で、何がそうであるかを瞬時に察知し、回避する—と言われている

 

 

その支持を取り付ければヒットすることは出来るが、その関係性はドライなので次の瞬間には消えてしまってもおかしくない、そんなシフトが一部で起きている。

 

若者に特有の行動のように取り上げられてるが、今の時代の"ノリ"と言っても良いかもしれない、だとすれば他の年齢層でも似たことは起きているかもしれない。

 

 

 

今流行り(本当に流行ってるかは疑問だが)のAIスピーカーは、"商品検索"のあり方を劇的に変化させるかもしれないと見られてる。

 

従来は、検索ワードを入力し、比較的上位に表示された中から選んでサイトに入り、気に入ったものがあれば注文し、気に入ったものがなければ別のサイトを探すが、この作業においては、検索の上位にヒットされるということが企業側にとって大事なこととなる。

 

これに対し、AIスピーカーで検索する場合、多くの場合検索のトップに表示されるものしか見てもらえないかもしれないし、そもそも検索作業をめんどくさいと思えば、ピンポイントで結果が出るような検索ワードしか用いられなくなるかもしれない。

 

ということを、マーケティングを重視してる人々は恐れているらしい。

 

考えてみると、AIスピーカーは主要プラットフォマーである、Google,Amazon、Appleなどが一斉にほぼ同時期に出したことをことを考えると、発想は家電ではなくコミュニケーションデバイスとして生まれてることは明らかだが、私には手を動かさずに検索するという"横着をするための家電"としか映らなかった。

 

検索という意味では、声だけでなく画像も大きな影響を与えるようになるだろう。

 

振り返ると、昔"勉強"と呼ばれていたことは、小難しい文字の羅列を読み解くことだったが、そこにわかりやすい写真や絵があるだけで理解の度合いが全然違ってくるし、同じことが漫画やアニメで表現されると、もはや勉強してるという意識もなく猛勉強したのと同じレベルに到達できる、そんな経験を持つ人も多いだろう。

 

しかし、理解が進む代わりに、想像力の出番が減ってくる。

 

知識はあるのに応用が効かないことにつながる。

 

その弊害は多様性に対応できなくなるという形で現れるだろう。

 

マーケティングを意識した世界では、基本は独占できることを目指すが、それを阻もうとするのが多様性だ。

 

だから、独占を阻む多様性を、時代に逆行しないように排除し、独占を目指そうと足掻いているように見える。

 

多様性を見せているのは、"プラットフォーム"であり、"コンテンツ"だ。

 

消費者には「道徳」とか「法律」で古臭いやり方を押し付けても、何も変わらない。

テクノロジーの進歩に伴い、世の中の利便性は格段に向上している。

なら、コンテンツの胴元は、この利便性を最大限に活用できる形で、消費者が気持ちよく払える金額を支払わせる事ができれば、それこそコンテンツクリエイターと消費者との間でWin-Winの関係が構築できるのである。

 

つまり、クールな集金システムを作る事ができさえすれば、もはや圧倒的に勝ちなのだ。

 

となると、次に起こるのは間違いなくコンテンツの囲い込みである。既に音楽はiTunesが、動画はネットフリックスやAmazonプライムが、書籍はKindleがコンテンツの囲い込みをほとんど確立させつつある。

 

ではまだ囲い込みがなされていない、未整備なコンテンツ分野はどこか。それをみつける事ができた時、あなたの元に無限の富がもたらされるかもしれない。

 

 

日本人でSNSでの仕掛けの第一人者と言われるのが"ナカヤマン"氏。

 

そのナカヤマン氏はこう言っている。

 

SNS戦略のトップランナー、ナカヤマン。が語る「インフルエンサー時代」の未来

 

良いコンテンツがあれば自然にSNS上やメディア上で拡散するものなのか?

ナカヤマン。:そこが難しいところで、単純にそうとは言えない。コンテンツを届ける「チャネル」は、テレビ、雑誌、イベント、ウェブ、SNSなど無数にある。マスチャネルというものはすで存在しない。だから、「どのチャネルを選ぶか」ではなく、「どうチャネルを組み合わせるか」という思考が必要。つまり「コンテンツ」と「チャネルの組合せ」が正しくないと良い結果は出ない。

 

インフルエンサーと言われる人々を取り巻く環境がどう変化するかという問いに対しこう答えている。

 

鍵となるのは「コンテンツ」。今後その傾向は急速に強くなっていくはずだ。

 

情報の入口が『検索』であり、その拡散が『SNS』という傾向は当分続きそうだが、検索のあり方は常に変化が模索されている、検索のあり方が変化すると、昨日まで魚が釣れていた場所に、今日は魚がいないということが起こるようになる。

 

魚がコンテンツならば、それを釣ったり獲ったりし、その後流通させるために必要なのが検索でありSNSに当たる。

 

ナカヤマン氏は、インフルエンサーの役割をミツバチに例えこう説明している。

 

クライアントが「インフルエンサー」に期待するのは、ユーザーとブランドをつなぐミツバチ的な存在だ。このたとえで言えば、目的は受粉だ。花粉の運び方はミツバチ各々の個性に任せるという感じだろう。

 

見落とされがちなのは、ミツバチの、文字情報ではなく。画像情報を運ぶ性質だ。この場合、受粉の確度は平均的には低い。実際「印象」くらいは生まれても「伝わる」ことは少ない。

 

だからこそ企画が必要で、その一列が「コンテンツ化」、画像情報にメッセージを包含させる仕組み作りだ。そういう意味で「語るべき要素」が無数にある「ラグジュアリーブランド」は「コンテンツ」形成がしやすく、これからさらに強くなる。

 

 

今流行の画像中心の情報発信は一目瞭然性という絶対的強みがあるように感じていたが、最先端を行く人の目にはそうは映ってなさそうで、画像単体ではコンテンツとして未完成だと感じてるようで、メッセージを語り添えることが重要だと感じてることが新鮮に感じられる。

 

冒頭のアイスクリーム・ミュージアムの話の中に、メッセージが広告宣伝として伝わると、それだけで拒否されるとあるように、最も重要なのはコンテンツだが、その見せ方や伝え方を間違うと結果は大違いになりそうだ。

 

おそらく、現在のところこの結果の大違いは、まだきちんと分析されず、運やタイミングの良し悪しで語られているだろう。