違う見方

誰でもできるけど、自分にしかできないのが、判断するということ! 情報過多な現代は偏り(バイアス)も強いので思わぬ方向にずれていくこともある。そんなズレを修正したりブレーキをかけるために少し違う目線を持ってみたいという備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

『愛』の反対語に関するあれこれ!

言葉は同じでも、その意味や持っているニュアンスは、時代が変わるとともに変化する。

 

大きく変化するわけわけではなく、微妙に変化する。

 

そう言う場合は、おそらく該当する反対語も変化する、というかシフトするだろう。

 

 

例えば“愛”。

 

Twitterから、さまざまな哲学的な“愛”を拾ってみた。

 

愛の反対語は何になるだろうか?

 

 

 

 

 

愛は、単独で存在する言葉ではなく、相手や対象を持つ言葉である。

 

もし、“愛”の意味が変化する場合があるとすれば、相手や対象の変化が起きているかもしれない。

 

相手や対象がいる場合には、その関係性も大きく影響するだろう。

 

恋愛ならば対等な関係を連想するが、実際には上下関係や主従関係があることは多く、他にも依存・被依存関係や支配・被支配関係などもある。

 

親子愛や家族愛にも、これらの関係性に似た関係が当てはまるだろう。

 

十把一絡げに“愛”と言っても様々な“愛”があるが、そもそも愛の始まりは自己愛で、自分を愛せない人間は、自分以外も愛せない、と唱える心理学者は多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

反対語を定義することで、持つ意味が鮮明になる。

 

しかし、反対語だけでは上手く表現できないこともある。

 

 

 

 

『愛』というありふれた言葉ですら、全員が共通の認識を共有することは難しくなっているかもしれないし、使っている本人も反対語を意識しないで使っているとすれば、意味する内容はかなりあやふやなものになっているだろう。

 

言った、言わない、が重要視されることが多いが、本当に大事なことは、どんなつもりで言ったかだ。

 

言質を取ったり取られたりを繰り返すことが多い現代だからこそ、言葉の使い方には注意が必要だ。