違う見方

複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

『レジリエンス』の不足が情弱(情報弱者)を産み出す!

『レジリエンス』という単語の意味は一般的には「回復力」という訳語が当てはめられることが多いが、元になる概念が日本語には無いので、理解するためには文章での説明が必要になる。

 

レジリエンスとは「何かあってもまた立ち直れる力」のことです。英和辞典では「回復力」「弾力」などと訳されています。例えば、強風に吹かれた竹は、しなやかに身を倒して風をしのぎ、強風が過ぎれば元の姿勢に戻ります。レジリエンスとはこうした「しなやかな強さ」を表します。 もともと生態学で使われていた用語ですが、今日では心理学や経済学などさまざまな分野で使われるようになっています。 社会にレジリエンスが備わっていれば、自然災害や経済危機に直面した際にも、被害を最小限におさえ、回復に向かうことができます。逆にレジリエンスが失われていると被害は拡大し、復旧が遅れてしまいます。 例えば、震災後に工場の操業や物流が長期間ストップして必需品が私たちに届かなくなるのは、ジャスト・イン・タイム方式を採用しているために、在庫がないことが一因と考えられます。こうした方法は平時には「効率がよい」方法ですが、緊急時には対応できないのです。 レジリエンスを失わないためには、多様性やバッファーなど、短期的には効率が悪く思えても、何かあったときの回復力を高めるものも大事にする姿勢が必要です。

 

出典:幸せ経済社会研究所>キーワード解説

 

 

 

 

 

レジリエンスには多様な解釈が成り立つことは検索して出てくる話を読めば分かるが、そこには大自然のエコシステムのルールが関係しているように感じられる。

 

社会に存在すると言われるレジリエンスだが、個人にも存在してると思われる。

 

 

大自然のエコシステムのルールとして上げられることは、

 

・弱肉強食

 

・食物連鎖

 

・適者生存

 

 

人間活動に関してだと、

 

・大自然と折り合いを付ける

 

・競争を勝ち抜く

 

大自然を征服しようと考えたり、大自然の理屈を無視した活動には持続性が無いことの反対の意味がレジリエンスとして現代では捉えられる事が多いが、同じ事が競争を繰り返す人間活動にも当てはまるようになっている。

 

競争とは少し質が違うかもしれないが、人間活動においてレジリエンスに最初に注目したのは軍隊だと言われている。

 

戦争や紛争の現場で、罪も無い人々を巻き込みながらの殺害を経験する事で、またいつ自分が殺されるかという恐怖で、その後の人生がPTSD(心的外傷後ストレス障害)でおかしくなる元兵士が多かったためで、ゲリラ戦が多かったベトナム戦争後の米軍兵士に顕著に見られたらしい。

 

 

レジリエンスが求められる現場には、持続性が無いことが発生してるのだ。

 

 

 

生活の身近な話題に目を向けると、持続性の無さとして、

 

・金銭的な破綻

 

・健康の破綻

 

・人間関係の破綻

 

があげられる。

 

そして、これら全てに『仕事』が関係しがちだ。

 

破綻は前触れなく突然訪れる場合もあるが、多くの場合必ず前兆や原因があり、その前兆や原因は自分で招いている場合も多い。

 

前兆や原因を招くキッカケが「知らない」に起因することを揶揄気味に情弱(情報弱者)という呼び方をすることが最近多くなっている。

 

 

 

知らないから情弱になった人と、知っていたけど情弱と言われる行動を取った人がいるはずだ。

 

 

 

生き物が複雑に絡み合う生態系(エコシステム)には持続性が重要で、少々のアクシデントやトラブルを吸収可能にするためにはレジリエンスを無視することはできない。

 

レジリエンスに最も馴染まないのが“一発大逆転”。

 

 

 

不思議なことに、レジリエンスは逆境からの回復を意味するとすれば、それは逆転に通じるはずなのに、レジリエンスを意識するならば“一発大逆転”は狙ってはいけないことに思えてくる。

 

 

何かが破綻したり、破綻しかかっている時、一発大逆転を考えるのは人情かもしれないが、その際によく知らないことに飛びついたり、知ってるはずのことを都合良く解釈したりしがちだが、そういうことの多くは持続性に欠ける。

 

持続性に欠けるということは、本来成り立たないということなので、レジリエンスも生まれようがない。

 

レジリエンスという観点から『情弱』を定義付けると、独りよがりに突っ走り過ぎると言えそうだ。