違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

それは遺伝子のせい!

バンジージャンプを平気でできる人と、安全だと分かっていてもできない人がいる。

 

バンジージャンプが冒険だなんて現代人は思わないが、最初にやった人は紛れもなくチャレンジャーであり冒険者だった。

 

スカイダイビングなんてもっとだろう。

 

同様なことは他にもたくさんある。

 

仕事として高所作業をしなければいけない人たち、例えば山の尾根伝いに配された高圧線の鉄塔の頂点から電線伝いに作業をするような人や海峡を跨ぐ吊り橋の橋桁の頂点近くで作業する人なども、立派な冒険者に含められるべきかもしれない。

 

できない人には苦痛や恐怖を伴う行為や作業を、平気でできたり中には嬉々としてやる人もいる。

 

この違いは遺伝子やDNAの違いだという説がある。

 

過酷な現場での作業に従事する方の場合、親も同業だったという話はよく聞く。

 

 

聞きようによっては誤解を与えかねないが、このような性質や気質を持った人は、退屈や平和が何よりも苦手だと言われている。

 

だからこそスリルや冒険を求めるし、時には暴力や戦争に向かいやすいのだ。

 

 

このような性質を持つ人を表現する場合のキーワードになるのが新奇性。

 

もちろん新奇性もピンからキリまで無限のグラデーションを描く。

 

飽きが早いのもそんなグラデーションの一部だ。

 

 

 

絶えず新商品をリリースし続けるのも、この新奇性にアピールするためだ。

 

 

ロシアのウクライナ侵攻での数々の残忍な事実を心を痛めながら受け止める人がいる一方で、そんな事実にワクワクが止まらない人が少なからずいる、というのが現実なのだ。

 

日本人の新奇性は世界の民族の中では低い方だと言われている。

 

 

このようなことをテーマにするのが大好物なのが脳科学で、『セロトニンが…』などと表現されることが多い。

 

セロトニンが多いと新奇性が強くなると言われる。

 

新奇性が弱いと不安になりやすいらしい。

 

日本人の場合、以前はセロトニンは男性よりも女性の方が少なく、そのため不安になるのは女性が多いと言われていた。

 

しかし、近年では日本人男性のセロトニンの方が女性より少なくなって、不安を訴える男性が増えてるらしい。

 

さて、セロトニンが出てくるとドーパミンが浮かぶ人も多いだろう、そしてドーパミンというとアドレナリンを連想する人も多いだろう。

 

これらの関係性は検索すれば詳しい情報が多数出るのでそちらを見て頂くとして、これらはどのような日常生活を送るかの影響も受けるが、それ以上に遺伝的な影響が大だとされる。

 

怒りっぽくて攻撃的な人は過剰にアドレナリンが出ると言われる。

 

怒ったり攻撃するのは理由があるからだと思いがちだが、理由は後付けで、怒りたい、攻撃したい、と遺伝子に突き動かされるのが人間なのかもしれない。

 

そういう視点を持つと、世の中で起きてることの捉え方が変わってくる。