文庫本の値上がりが続き平均価格800円超という記事を読んで思った話。
インターネットが無かった頃は、娯楽や暇つぶしだけでなく勉強したり調べたりは本に頼ることがほとんどだった。
通販という仕組みも一般的でなかったので、実際に本屋で探すことになる。
著者で選んだり、タイトルで選んだり、パラパラと読んでその文体や表現の仕方も選択の際の基準になっていた。
また、本屋で待ち合わせというのもかつては定番だった、相手が遅れて来ても、立ち読みしてると待たされているというストレスがなかったからだ。
バッグの中に一冊本や雑誌があるだけで、場所がどこであろうと待ち合わせの際のストレスが小さかったことを思い出す。
文庫本や雑誌の良さは場所を選ばないという点だった。
今や、場所の制約を受けない時間つぶしや暇つぶしの王道はすっかりスマホに奪われたが、一気に奪われたというよりも徐々に牙城を崩されたのだろうと今振り返ると想像できる。
持ち運びできる暇つぶしの道具としては小さなラジオとイヤホンの組み合わせもあったが、この場合は本の読者層とは競合してなかったような気がする。
競合が始まったとすればウオークマン及びその類似品の登場からかもしれない。
しかし、当初はイヤホンではなくヘッドホンとして普及したため音漏れのマナー問題もあり、場所を選ぶ必要はあった。
また、本を読むという行為は基本的にインドアなのに対し、外出や旅行やドライブの多様化で目を向ける対象や行動のアウトドア化が広まったことも本の需要を減少させたはずだ。
紙の本の市場は電子書籍が奪ったというのはかなり後の話のような気がする。
昔のことを思い返すと、本を読むという行為は、かなり没入度が高く、没入して読んでると時間を忘れていて、ふと気付くと何時間も経過していたことがあったのは決して速読なんてしてなかったからでもあるなと思い当たる。
本を読むことのながら化へのシフトが知らず知らずのうちに進んでいたのはマルチタスク願望なのかもしれないが、結果としてマルチタスクは中途半端なままで集中度を欠いただけで、没入や没頭という体験だけが失われていったのかもしれない。
文庫本の魅力がまた薄らいで行くようだ。