違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

不感症だと騙される

生成AIの活用はますます広がっている。

 

多くの場合でそれは歓迎されている。

 

しかし、

 

生成AIが詐欺を進化させる――2026年の新しい危険

生成AIが詐欺の高度化を後押しするでしょう。巧妙な文章を大量に作れるだけでなく、相手の属性に合わせた口調や説得方法まで瞬時に生成できるためです。

 

 

約一年前、Youtubeでお気に入りの音楽を見つけた。

 

所謂80s popと呼ばれるジャンル、気に入れば気にいるほど不思議に思うことがあった、どうしてこんな曲をこれまで知ることができなかったのだろうかということだ、リアルタイムで過ごした時期と重なってたはずなのに。

 

しばらくして、どうやらAIが作った曲らしいと分かった、言われてみればサムネ画像も変だったし。

 

誰がどういう経緯で作ったものであっても良いものは良い、そう思っていたが、作ったのがAIだと分かると急速に冷めた。

 

良いのは事実だとしても、キリが無いなと思えたからだ。

 

案の定、似たような曲が次から次に量産されていた。

 

再生回数を見ると、多くの人が集まっていることが感じられるが、『騙された』と感じる人はどのくらいいるのだろうか?

 

同じくYoutubeで赤ちゃんや動物が出てくるショート動画にもAIが作ったものが増えてきた。

 

何も気づかずに見てると、可愛らしい癒しの映像に感じるが、こんな映像よく撮れたなと思うと、疑問が芽生え始める。

 

その動画に寄せられてるコメントを見ると、AIが作ったことを指摘する書き込みがあったりする。

 

基本スタンスとして、良いものは良いダメなものはダメという是々非々タイプだが、去年一年で大量に巷に溢れたAIコンテンツを見たせいで、良くてもAI作ならダメとなった。

 

AIが作ったんじゃないかという気持ちになるだけで、出来がどうであれガッカリするようになった。

 

明らかに人間が作った方が良い、そう感じるようになった自分がいる。

 

求めてるのは完成度の高さではないのかもしれないが、自分のことながらうまく表現できない。

 

私のようなタイプの人は、AIに騙されるな、という思いを持つだろうが、AIが作ったコンテンツをAIが作ったと知っても別になんとも思わない人もたくさんいるとすれば、そこには新しいタイプの騙され格差が生じてるなと感じられる。

 

この場合の格差とは不感症の格差にも思えてくる。