養老孟司先生がこんなことを言っていたのを読んだことがある。
「人間の解剖を、たくさんこなしても、"表情のある部分"はどうしても嫌な感じがするので慣れない。
一番嫌だったのは『目』と『手』で、腹や内蔵なんて何でもない。」
と。
目は口ほどにものを言う
こんな諺があるところを見ても、昔から目は表情を演出するパーツとして特別扱いされていたし、今でもされているだろう。
養老先生は、「なんで、俺は手が嫌なんだろう?」とその理由を自問自答し、こう結論に達した。
「そういえば、動いてねえな!」
解剖の対象になるのは死体だから、手が動かないのは当たり前だが、これに対して改めて考えないとピンとこないが、生きてる人間の手は常に動いている。
人間の体の動いているパーツには表情が宿るとするならば、目と口と手はトップ3だろう。
作法が厳密な習い事の世界では、手の作法という様式美があったりしそうだ。
調べてみると、"手フェチ"なることばもあるらしいとわかる。
匂いフェチ💓
— 浪速の糞女 (@_xxg3043809) July 14, 2018
鎖骨フェチ💓
筋肉フェチ💓
手フェチ💓
ボイスフェチ💓
血管フェチ💓
ふふふ💓
完璧な男子はいないだろうけど
👆どれか1つでも当てはまって
たらトキメク🙈💓
手フェチさん、めちゃめちゃ多いよね🤔💓
— kaaanaa♡まっけん (@mackenxxmacken) July 13, 2018
わたしの周りのファミリーさんも、お手手好きさんばかり😳#新田真剣佑#まっけんファミリー pic.twitter.com/ilZUXRMhcQ
手も、目と同じくらいものを言ってそうだ。
意味があるかは不明だが、Google Trendsで「目」、「口」、「手」を比較すると、「目」の圧勝かと思いきや、意外と拮抗してる印象だ。
表情が宿る集大成とも言えるのが『顔』だが、死体には当然のごとく表情がない。
死体ではないが、表情がない顔として能面がある。
子供が能面を被ると不気味さが一気に高まる、しかし子供は喜んでいるらしい。
月曜日から文化庁派遣事業で山梨県内を回っています。子供たちに面を付けさせると大喜びです。 pic.twitter.com/vrO6NetzGE
— 殿田謙吉 (@kenkichix) June 16, 2015
あるべき表情が見えないと、笑っている子供ですら不気味な存在となる。
人間の表情は、世界共通だと言われている。
言語や習慣の違いを超えていると言われている。
心理学者は、人間の表情の元になる感情である、「怒り」「恐れ」「喜び」「悲しみ」「嫌悪」は、学習によって身につけたものではなく、先天的に持っていると考える人が多い。
これらの感情を示す言葉を、Google Trendsで比較すると、
程度の差はあれ、21世紀の日本には「喜び」よりも「怒り」や「悲しみ」が多いことがわかる。
そして、そんな感情は、きっと手の表情に現れているだろう。
きっと、手は口ほどにものを言っている!