おもしろい本に出会った。
私が読んだのは、ミュージシャンであり芸能人でもある大槻ケンヂの「サブカルで食う」で、図書館で借りた。(まだ読み終わってない)
大槻ケンヂ曰く、
「サブカル」とは、「サブカルチャー」じゃなくって、もっと軽い「サブカル」ですね。
と、2012年に出したこの本に書いていて、「サブカル」と「サブカルチャー」を区別している。
しかし、Google Trendsで調べると、2011年の2月までは、この両者は区別されてるようには感じず、サブカルはサブカルチャーの短縮形だと感じる。
2011年の2月に何があったかを検索すると、複数のサブカルイベントが規制に合い中止に追い込まれていたことが話題になっていた。
なぜ「サブカル」から狙い撃ちされているのか考えてみる 2011/2/8
この両者の関連するトピックやキーワードを比較すると、『サブカル』は、現象として捉えられ、愛好者の属性などが話題になっているのに対し、『サブカルチャー』は、文化的な側面から捉えられているように感じる。
そして、Google Trendsで感じるこの両者の最大の違いは、興味を示した地域性にある。
『サブカル』は、程度の違いはあっても全国的に検索されているのに対し、『サブカルチャー』は、限定的だ。
2004年以降
直近5年
直近1年
順位に変動はあっても、反応してる地域は変化してなくて13都道府県。
北から、
北海道
茨城県
埼玉県
千葉県
東京都
山梨県
神奈川県
静岡県
愛知県
京都
大阪府
兵庫県
福岡県
今日は、私のように『サブカル』や『サブカルチャー』にこだわりを持たず、よく中身もわからないという人向けに話をしてみたい。
副業解禁などと言われ始めた昨今だが、そもそも副業の"副"って何なんだ?から考え始めた。
英語でいうと、"副=sub"なんじゃないかな?から、サブカルチャーが浮かんだ。
今日ある打ち合わせ中に、「何の説明もいらなくて誰でも楽しいのがメインカルチャー。どこが楽しいのかを説明する必要があるのがサブカルチャー。」と説明したら、全員に凄い納得してもらった。(店長)
— 東京カルチャーカルチャー (@tokyoculture2) July 19, 2018
”サブカル”をカウンターカルチャーのように取るひと少なくないけどこの国の社会ではどっちかというとメインカルチャーではダダ漏らせない劣情を煽るためのメインカルチャー補強ツールになってしまってるやんなあ。安倍ちゃんにとっての杉田水脈みたいな。
— SIVA (@sivaprod) July 20, 2018
"サブ"が話題になる時は、メインがあることが暗黙の了解だ。
この理屈は、おそらく、あらゆる分野に当てはまると思う。
サブの領域は、メインの反対に始まり、メインがカバーできない領域がサブと括られ勢力が拡大してると想像できる。
抽象的な言い方になるが、メインは、その時代における教科書的なお手本となるわかりやすさが要求されるだろう。
私の場合は、副業の話題がきっかけでビジネスにおけるメインとはと考え始めたが、ここで少しサブにもいろいろありそうだと気付いた。
ビジネスというのは、現在でも商品やサービスを作って、それを売る、という実業が中心だ。
この実業に対して、虚業と言われるビジネスもある。
大きく二通りに分かれると思う。
一つは、商品やサービスが粗悪だったり、実体が無かったり、という詐欺に近いものと、もう一つは、お金そのものが商品やサービスという金融という括りで捉えられるビジネス。
この虚業と言われるビジネスは、メインの実業に対する"サブ"という風には捉えられていない。
虚業は、虚業としてメインを張っている。
つまり、メインと対立するだけでは"サブ"にはなれないのだ。
大槻ケンヂの本を読むと、サブカルは、メインに対して"なんか違うんだよな〜"と思ってる人々が、自分の居場所を求めて見つけた世界だと思える。
だから、そんなサブカルな世界に対してこだわりは人一倍強い人ばかりが集まる。
この本が、ビジネス書としても通用するなと感じたのは、次の一説だ。
サブカルを勉強しようとして、いろいろな本や映画、ライブ、お笑い、演劇を見ているうちに、観る側のプロみたいになることがあるんです。
だからといって、批評、評論の目を養うわけでもなく、それでいてチケットの取り方だけは異常に詳しい・・・みたいな。
そういうのを、「プロのお客さん」というんです。
自分も表現活動をしようとする人は、プロのお客さんになっちゃいけませんよ。
大槻ケンヂには、サブカルの世界でくすぶっている人の姿が気になっていたのだろう。
私は、この本を読みながら少しだけわかったような気がしたのは、最近アプリの世界で次々と現れてる新サービスの多くは、『サブカル』がキーワードになっているのではないだろうかということだ。
サブカルを愛する人々というのが、思ってるより遥かに多いのかもしれない。
次世代のキーワードは、"多様性"や"ダイバーシティ"だと言われる割には、目の前には多様化した世界が現れないなと思っていたが、今広がっているのはサブカルな世界なのかもしれない。
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男の子がスポーツ選手やユーチューバーを目指したり、女の子のパティシエやファッション関係も、実はサブカル的な反応なのかもしれない。
サブカルな生き方とは、好きなことだけやって生きていけたら最高だという価値観で(と私が感じてるだけ)、世の中は、静かにそちらにシフトしてるかもしれない。
"DIY"や"アウトドア"や"筋トレ"なんていうのも、サブカルと括ると見え方が変わりそうだ。
サブカルの拡大は、やがてメインとの逆転現象を起こすかもしれない。
メインの表舞台では貶めれ気味のサブカルだが、好き故に一生続けられる可能性を秘めてるという意味では"生涯学習"に通じるものが感じられる。
この手の話は、じゃあ定年退職後に大学に行きなおして生涯学習を実践してると称えられる人は?もっと重大なチャンスを奪う重罪人と批判されるのか?
— イレギュラー (@irregular1234) November 14, 2015
と
そうなるよなあ・・・
サブカル界隈への見下しがまず前提なんだよなあ・・・ https://t.co/oJWKz2O6AY
この本は、2012年に出版されていて、私はたまたま図書館で借りたが、本当にたまたま「普通だったら絶対読まない本を読んでみようかな」と思って借りた。
いわゆる王道を行くサブカルだけを扱っているが、今新しく起きてる動きは、すべてサブカルと捉えると、発見も多そうだ。
まだ、読んでる途中で、サブカルとサブカルチャーの違いも曖昧だが、内容に古臭さも感じないし、わかりやすくておもしろい本なので、サブカルと聞いてバカにする気持ちがある人ほど読むとおもしろいだろう。
2017年に角川書店からも同じタイトルで出されている、ページ数も同じだし内容もほぼ同じだろうが、意外と支持されてる本なのかもしれない。