アメリカでの噂話で、どこまでデータや数字の裏付けがあるのかは不明だが、クリスマス商戦は低調だったらしい。
クリスマスでの売り上げで年の売り上げの半分以上を上げることも珍しくない店や企業があると聞いたこともある。
日本では、鬼滅の刃特需が起きているようで、オモチャ売り場やホビーグッズ売り場は特需に沸いたことが想像できるが、実際にはどうだったのだろうか?
クリスマス商戦のピークをブラックフライデーと呼ぶようになった由来を調べると、ブラックと付くぐらいだからやっぱりネガティブな理由だった。
クリスマスで街や店に人が溢れて混雑することを警戒したフィラデルフィア警察が使い始めたのが最初らしい。
人が大勢集まる様をブラックとネガティブに表現したのだが、時間をかけて意味合いが日本語で言うところの黒山の人だかりに近付き、活気のある賑わいを表す表現になって行ったようだ。
さて、今年のブラックフライデーやクリスマス商戦がもし本当に低調に終わったとしたら、それはもちろんコロナのせいだろう。
ニュース映像で見る東京の賑わいは、外出を控えないことの象徴として嘆かわしいことのように伝えられるが、人手が多ければ売り上げには貢献してるようにも感じられる。
縁がなければ実感には乏しいが、クリスマス商戦から新年の初売りにかけてのセールには在庫一掃という役割がある。
由来を遡ると、クリスマスの場合、売れるものの多くがプレゼントと言うことで、買う人の目利き力は大したことないというところから始まっていて、一番大事なのは贈る人の気持ちで、そんな気持ちが市場を支えていた。
一方で、年明けの初売りには昔から『自分へのご褒美』的なところがあり、その動機を高めるのがお得な安売りだった。
ほんの数日だが年を跨いだことで型遅れとなった前年の売れ残り商品の安かろう悪かろうの在庫一掃で始まっていったが、時代とともに質が悪いものは減っていった。
人々の目利き力が上がったからでもあるし、作る側の意識も変わったはずだ。
いずれにせよ最も大事なことは、商品が在庫としてあることなのだ。
今手に入るということが需要を支えているのだ。
しかし今年のコロナは、おそらく在庫に対する意識を売る側に大きく影響を与えたはず。
在庫を持ちたくても資金繰りの制約を例年以上に受けたはずだし、売れ残ったら負債になるだけだ。
同じことは生産製造の現場にも当てはまったはずだ。
いろんな業界が鬼滅の刃に乗っかったのは苦肉の策であり苦渋の決断だったのかもしれない。
改めて感じるのは、現代の豊かさは多くのものの在庫が支えているのだということだ。
しかし、トヨタ流のカイゼン(改善)で在庫を持たないオンデマンド方式などが浸透する様は、在庫は売れなければ(=持っているだけでは)負債だという冷徹な現実を突きつけている。
もうしばらくしたらクリスマス商戦の結果が出てくるだろう、そして新年の初売りがどうなるのか。
その結果によっては、在庫に対する意識が大きく変わらざるをえなくなるのかもしれない。
大手量販店の広大な売り場に陳列される商品の顔ぶれがここ最近で大きく変わっていて、おそらく売れないものが陳列する機会を奪われているだろうことが感じられる。
この状態がさらに進むと、売り場はスカスカになることもありそうだ。
在庫を持たない方向にシフトが進むと、確実に豊かさが薄らいでいくはずだ。
在庫という観点からいうと、ネット売買であっても条件は同じになる。
豊かさはムダが支えているのかもしれない!
今のままだったら確実に豊かさは減少していくのかもしれない。