違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

死語になった『リア充』に代わることばは?

分かっていたはずのことが数字で確定し始めている。

 

 

 

 

 

JRは、ドル箱の東海道新幹線を管轄するJR東海のみが黒字を保ってるがそれは他社には全く参考にならない。

 

 

戦時中だろうが赤字だろうが関係ねえ〜、休業要請なんて関係ねえ〜とばかりに気を吐く寄席だった。

 

 

 

 

しかし、

 

 

 

コロナ禍のこの1年の様子を見ていて、分かっていたはずのことがどんどん可視化されている。

 

この様子を見ていて思い出したのが、数年前までよく見かけていたリア充というワード。

 

Google Trendsで見てみよう。

 

Google Trends『リア充』2004年以降

 

 

リア充は、ワード自体が死語になりつつある事も感じられるが、概念は消えないように感じられる。

 

リア充には自慢を、見せつけたり、ひけらかすというイメージがある。

 

そういう意味では映えというキーワードが浮かぶ。

 

 

Google Trendsでリア充と比較すると、

 

Google Trends『リア充』『映え』2004年以降

 

 

リア充という観点で世の中を見渡すと、緊急事態宣言下での外出や路上飲みやマナーを弁えないレジャー、例えば釣りやキャンプやBBQなどは、ひと昔以上前の暴走族やそれを見るギャラリーと属性が同じ人種かもと思える。

 

もっと遡ると、江戸っ子は火事があると大盛り上がりしていたという話とも結び付く。

 

たぶん日本人の本性はあまり進化してないのかもしれない。

 

 

リア充というのはライフスタイルの自慢だと感じていたが、一皮剥いて正体を現すと、世間を騒がせたり、騒ぎに便乗して盛り上がることに喜びを感じるというメンタリティなのかもしれないと思い当たった。

 

しかし、これらの人種は絶対数が多いわけではなくノイジーマイノリティの可能性が高いと思える。

 

 

リア充ということばは死語になったとしても概念が無くなるわけではないだろう。

 

 

ところで、いわゆるリア充ネタの話は、真剣に議論されるというよりも、雑談や世間話のネタのように感じられるが、コロナ禍で直接の対面環境が激減したことで雑談や世間話も大きく減少してるように感じられる。

 

テレワークやリモートワークの環境が整ったからといって、オフィスやカフェでするような雑談や世間話が交わされるイメージは湧きにくい。

 

雑談や世間話だって立派な環境でアイデアや発想が生まれる現場なのだ。

 

身近にあって当たり前の環境が突然消えてしまうということがコロナ禍で、至る所で起きている。

 

消えてしまった環境が、充実に関係していたら、充実を失うことに感じられただろう。

 

このようにことを考えていたら、リア充に代わる新しいワードがそろそろ生まれてくるように感じられる。